晩年(90才以降)の宇野千代のエピソード
98才の天寿を全うした宇野千代
NHKの2026年後期朝ドラ「ブラッサム」に登場するヒロイン・葉野珠(はのたま)(石橋静河)のモデルとなる、宇野千代(うのちよ)(1897~1996年)さんは、日本の小説家・随筆家です。他にも編集者・実業家・着物デザイナーとしても知られています。
その宇野千代さんは1996(平成8)年6月10日に東京・虎の門病院において急性肺炎のため死去します。享年98。
90代でも「死なない気がした」宇野千代
宇野千代さんは1995(平成7)年に「私何だか死なないような気がするんですよ」と言う本を海竜社より刊行。
本のタイトルに使われている「死なないような気がする」と言うフレーズは、宇野千代さんの晩年と言って差し支えない90代においてたびたび使われていたようです。
まず「宇野千代 女の一生」では宇野千代さんが満90才のときに記した色紙の中でこのように残されています。
この頃 思うんですけどね
何だか私
死なない やらな
気がするんですよ
はははは は宇野千代 満九十歳
宇野千代・小林庸浩 宇野千代 女の一生 新潮社 98ページ
さらに「生きて行く私」が角川文庫版として出版された「あとがき」にもやはり色紙に書いたことと同じようなことが述べられています。
しかし、そういう私にも、もう少し生きていたいという気持ちはある。なぜかというと、私は人一倍好奇心の強い人間だからである。あと四年ほど生きれば二十一世紀になる。新しい世紀に入った世界をこの目で見たいと思っているのである。明治・大正・昭和・平成と生きてきて、その上さらに二十一世紀が見たいとは我ながらなんと呆れたのではないか。しかも、必ず見られると思っているといったら極楽トンボと笑われるだろうか。私はこのごろ何だか死なないような気がしているのである。
宇野 千代. 生きて行く私 (角川文庫) (Function). Kindle Edition. No. 4782
しかも「生きて行く私」の角川文庫版は1996(平成)年1月、つまり宇野千代さんが亡くなる5ヶ月前に刊行されています。宇野千代さんは亡くなる直前まで100才を超えて、なお健在である自信があったようです。
宇野千代 75歳以降の年表
98才で大往生をとげた宇野千代さんの場合、何才からが「晩年」と言うべきかはよく分かりません。
一般的に現代の日本では75才以上になると「後期高齢者」と呼ばれます。その考えに則って75才以降の宇野千代さんの晩年期の人生を年表にすると以下のとおりです。
| 西暦(和暦) | 年齢 | できごと |
|---|---|---|
| 1972(昭和47)年 | 75才 | 第28回芸術院賞を受賞 |
| 1974(昭和49)年 | 77才 | 勲三等瑞宝章を受賞 |
| 1975(昭和50)年 | 77才 | 「薄墨の桜」を刊行 |
| 1977(昭和52)年 | 80才 | 「宇野千代全集」の刊行が始まる |
| 1978(昭和53)年 | 81才 | 皇居「松の間」で行われた「歌会始め」の儀に招かれ傍聴出席。南青山の自宅が完成 |
| 1982(昭和57)年 | 85才 | 第30回菊池寛賞を受賞。「生きて行く私」の連載が始まる |
| 1983(昭和58)年 | 86才 | 「生きて行く私」が刊行され100万部発行のベストセラーに |
| 1985(昭和60)年 | 88才 | 帝国ホテルで「米寿を祝う会」が開催される |
| 1990(平成2)年 | 93才 | 文化功労者として顕彰される |
| 1995(平成7)年 | 97才 | 「私何だか死なないような気がするんですよ」を刊行 |
| 1996(平成8)年 | 98才 | 1月に角川文庫版の「生きて行く私」が刊行。6月10日に急性肺炎のため東京・虎の門病院で死去 |
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