小泉セツの英語学習
小泉八雲から英語の教えを受けた小泉セツ
NHKの2025年後期朝ドラ「ばけばけ」のヒロイン・松野トキ(髙石あかり)のモデルとなった小泉セツは、1891(明治24)年に小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と結婚した頃から、英語の必要性を痛感していました。
そこで小泉セツは八雲と知り合って結婚した松江時代と、その後八雲が英語教師として第五高等学校へ転任するにあたって暮らした熊本時代に、それぞれ八雲から直接、英会話や英語の教授を受けています。
さらにセツは八雲から単に教えられるだけではなく、メモを取って教えられた単語やフレーズを再現できるよう努力をしています。今回の記事では、小泉セツが取り組んだ英語学習のツールについてご紹介します。
セツの英単語帳(英語覚え書き帳)
小泉セツが八雲から聴き取った英語の音を出雲訛りの日本語で表し、その意味を添えたノート。このノートは小泉八雲記念館では「セツの英単語帳」、「八雲の妻 小泉セツの生涯」では「英語覚え書帳」と呼んでいます。
その一部にはこのような単語やフレーズが含まれています(「八雲の妻 小泉セツの生涯」より引用)
セツの英単語帳にある英単語
八雲が教えた英単語 | セツが聴き取った発音 | セツが記した意味 |
---|---|---|
captain | カプテン | 大尉 |
one | ワン | 一ち |
has | ハシ | ありまし |
he | ヒー | 其男 |
trunk | トロンク | かばん |
セツの英単語帳にあるフレーズ
八雲が教えたフレーズ | セツが聴き取った発音 | セツが記した意味 |
---|---|---|
I have eaten plenty | アエ・ハブ・エテン・プレンテ | 私たくさん食べました |
Are you hungry? | アーラ・ユウ・ハングレ | 貴君くうふくですか |
I am very angry | アエ・アン・ベロ・アングレー | 私立腹 |
セツの英語筆記体学習ノート
さらに小泉セツは熊本時代に英語の書き方をハーンから習っています。「八雲の妻 小泉セツの生涯」はこのときハーンがセツのために専用の英文を書き与えたこと、そのノートは池田記念美術館に所蔵されていることを記しています。
One little boy is called Kazuo. He is eight years old. He has brown hair, and very pretty green eyes, like fair-girl, and a very nice skin. Sometimes he is very good and sweet;-then everybody loves him. But sometimes he is lazy, then I am angry with him.
ワン レタリ ボヲエ イヅ コヲリド エヽタ イヽリヅ オルド ブラオン ヘエル ベレ ビレテ グリーム アイズ ラエキ フヱレ ブベリ ナエシ スキン サンタイムス ベベリ グウド スエテ デン イブリバアデ ラブジ ヒン サムタイムス レゼ デン アム アングレ ウエト
長谷川洋二「八雲の妻 小泉セツの生涯」今井書店 193ページ
上記の英文はセツの英語筆記体学習ノートの一部を引用したものです。翻訳すると下記の文章になります。
ある小さな男の子がいます。名前は一雄。彼は八つになります。
茶色い髪に、まるで女の子のようにきれいな緑の目をしています。お肌もとてもなめらかで美しいのです。ときどきはとてもよい子で、かわいらしい子になります。——そんなときは、みんなが彼を大好きになります。
でも、ときにはなまけてしまうこともあって、そんなときは私は一雄に腹を立ててしまいます。
“Sometimes he is very good and sweet”というフレーズの後に、”;(セミコロン)”と”-(ハイフン)”の記号が使われています。
これは19世紀末~20世紀初頭の文体や書簡文で使われる表現です。感情的な間(ま)や抑揚を表すことで文章に口語的な親しみを持たせようとするハーンの配慮がうかがえます。
へルンさん言葉 小泉セツと小泉八雲の会話言葉
「小泉八雲の日本語」
しかし「セツの英単語帳」や「セツの英語筆記体学習ノート」に見られるような小泉セツの英語学習にかける努力は、あまり実らず、英会話をものにすることはできなかったようです。
むしろものになったのは「小泉セツの英語」より「小泉八雲の日本語」の方でしょう。
小泉八雲は系統だった日本語学習はしませんでした。それでも日本語の単語や慣用句を覚え、動詞と形容詞の活用変化なしにして、語順も和英折衷にして意味を通じさせようとします。
この独特の日本語表現は「へルンさん言葉」と言われるもので、小泉セツとの2人だけの会話において大いに役立ったようでした。
へルンさん言葉による会話例
小泉セツは、小泉八雲の死後に在りし日の夫婦生活の様子を語った「思ひ出の記」を残しています。その中には「へルン」さん言葉を使って夫婦が会話をしていた場面も描写されています。
引用は「八雲の妻 小泉セツの生涯」に付属している「思ひ出の記」の部分からです。
或夜十一時頃に、階段の戸を開けると、ひどい油煙の臭が致します。驚いてふすまを開けますと、ランプの心が多く出て居て、ぽつぽつと黒煙が立ち上がつて、室内が煙で暗くなってゐます。息ができぬやうですのに、知らないで一所懸命に書いて居るのです。私は急いで障子を明け放つて、空気入れなどをして、「パパさん、あなたランプに火が入つて居るのを知らないで、あぶないでしたねー」と注意しますと「あゝ、私なんぼ馬鹿でしたねー」と申しました。それで常には鼻の神経は鋭い人でした。
長谷川洋二「八雲の妻 小泉セツの生涯」今井書店 331ページ