「月刊くじら」と「月刊高知」の関係
「月刊くじら」編集部で働くのぶと崇
NHKの2025年前期朝ドラ「あんぱん」に登場する「月刊くじら」とは高知新報が発行する月刊誌のことを指します。この「月刊くじら」は、1946(昭和21)年の夏からしばらくの間、高知新聞社で発行されていた「月刊高知」のことをモデルとしていると考えられます。
NHKが2025年5月19日に朝ドラ「あんぱん」の公式Webサイトで公開した情報によると、倉悠貴さんが扮する岩清水信司が「月刊くじら」編集部の立ち上げメンバーであるという説明があります。
岩清水信司は「月刊高知」の立ち上げメンバーの1人であった品原淳次郎さんをモデルとしていると考えられます。朝ドラ「あんぱん」の「月刊くじら」の立ち上げには、今田美桜さん扮する若松(朝田)のぶと北村匠海さん扮する柳井崇も参加することになります。
「月刊高知」編集部で働いていたやなせたかしさんと小松暢さん
実在した「月刊高知」では柳井崇のモデルとなったやなせたかしさんや、若松のぶのモデルとなった小松暢さんたちも一時期、編集部員として働いていました。
この事実は2025年5月17日に高知新聞が公開した記事や、やなせたかしさんが生前に記した「アンパンマンの遺書」でも確認することができます。
同年の夏、「月刊高知」が創刊された。当時の新聞は1枚紙の裏表2面だけで、政治や事件、事故のニュースだけで紙面が埋まってしまうため、文化系や娯楽系のネタを載せた月刊誌を出すことが決まった。
新人記者の暢さんも雑誌編集部に配属された。やなせさんは5月24日に入社し、1カ月ほどで編集部に回された。
暢さんは、物資不足の中で家庭を切り盛りする女性に向けた記事をいくつも手がけている。
同年8月号に原稿を暢さん、挿絵をやなせさんが手がけた「おしゃれとくほん」という美容ページがある。
【あんぱんの〝のぶ〟】女性記者・小松暢さんが残した仕事は 美容ページで「もつと美しくなれます」得意の速記、カメラ生かす―2人の始まり「月刊高知」(2)-1
ちょうど高知新聞社で記者を募集していたので、試験を受けることにした。応募者はものすごく多くて学歴は大学卒はザラだったが、なぜかぼくは合格して高知新聞の記者になった。
入社して社会部に配属されたが、ウロウロしている間に「月刊高知」という月刊誌を創刊することになり、品原淳次郎と小松暢とぼく、編集長が青山茂というスタッフで、編集することになった。
小松暢さんは「月刊高知」から代議士秘書に転職
小松暢さんは速記が得意だったようで対談企画の記事では、たびたび書き起こしを任されていたようです(「あんぱん」第13週「サラバ 涙」では朝田のぶは速記を身につけることになります)。
のちにその得意の速記が高知県選出の代議士の目に止まることに。小松暢さんは1947(昭和22)年に高知新聞社の記者を辞め、上京して代議士秘書に転職します。
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