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風、薫る 梅岡女学校付属看護婦養成所とは?モデル・場所・ロケ地を解説

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目次

結論:梅岡女学校付属看護婦養成所とは?

梅岡女学校付属看護婦養成所とは朝ドラ「風、薫る」に登場する看護学校で、主人公の一ノ瀬りん大家直美が看護学生として入学します。

梅岡女学校付属看護婦養成所のモデルは、明治時代に実在した桜井女学校附属看護婦養成所です。

桜井女学校附属看護婦養成所の母体となった桜井女学校は、現在の女子学院中学校・高等学校の前身となった学校の1つです。

梅岡女学校と女子学院の関係を整理したい方はこちら

梅岡女学校付属看護婦養成所とは何か

第5週から登場する看護学校としての役割

「風、薫る」の第5週から主人公・りんと直美は梅岡女学校付属看護婦養成所において看護学生としてトレインドナース(現在の看護師のこと)の教育・訓練を受けるようになります。

りん・直美たちの学生生活と看護教育

梅岡女学校付属看護婦養成所にはりんと直美を合わせて7人の学生たちが、全寮制の学校生活を送ることになります。在学中、家に帰ることができるのは日曜日だけです。

また黎明期にあった明治時代における日本の看護教育は、教科書も全て欧米からの輸入品に頼らざるを得なかった事情がありました。

そのため、りんと直美ら学生たちは英語で書かれた看護学の教科書(フローレンス・ナイチンゲールの「看護覚え書き」)を日本語に翻訳することから教育が始まります。

梅岡女学校付属看護婦養成所は実在する?

「梅岡」という名称はドラマ上の架空設定

「梅岡女学校付属看護婦養成所」という学校は、ドラマ設定上の架空の団体と考えられます。

実在した「桜井女学校附属看護婦養成所」の「桜」という文字と「梅岡」の「梅」という花に関わる漢字をひっかけて創作されたのかもしれません。

実在モデルが存在する理由

「風、薫る」の主人公・一ノ瀬りんと大家直美は、それぞれ実在した大関和(1858~1932年)さんと鈴木雅(1857~1940年)さんをモデルとしています。

大関和さんと鈴木雅さんは、共に1887(明治20)年1月から1888(明治21)10月26日までの間、トレインドナースとなるために、桜井女学校附属看護婦養成所に看護学生として在学していました。

そういった史実に基づき、「風、薫る」の梅岡女学校付属看護婦養成所には実在モデルが存在すると考えられます。

モデルは桜井女学校附属看護婦養成所

桜井女学校附属看護婦養成所とは何か

桜井女学校附属看護婦養成所とは1887(明治20)年1月から1888(明治21)10月26日までの間に、東京の麹町区(現在の東京都千代田区)に存在した看護学校です。

経営者はアメリカ人宣教師のマリア・T・ツルー「風、薫る」のメアリーのモデル)で、所長は矢嶋楫子「風、薫る」の梶原敏子のモデル)が務めていました。

なぜ短期間で終わったのか

桜井女学校附属看護婦養成所が存続した期間は約1年10ヶ月で、同校は大関和さん・鈴木雅さん・桜川里以(「風、薫る」の玉田多江のモデル)ら一期生6人を輩出するにとどまりました。

この看護学校が短期間で閉校してしまった理由は、経営者のマリア・T・ツルーが牧師として所属するアメリカの長老教会から、看護実習に必要な病院を建設するための資金を得ることができなかったためです。

日本で最初期にできた看護学校のうち、3つ(有志共立東京病院看護婦教育所・帝国大学医科大学第一医院看病法講習科・同志社病院京都看病婦学校)は病院付属の看護学校でしたが、桜井女学校附属看護婦養成所だけが病院付属の学校ではありませんでした。

梅岡女学校付属看護婦養成所はどこ?ロケ地

撮影に使われた建物と場所

梅岡女学校付属看護婦養成所のロケ地については、茨城県立土浦第一高等学校(茨城県土浦市真鍋4丁目4-2)の校舎(旧本館)が使用されている可能性が高いとされています。

これは、2026年3月まで同校の校長を務めていた人物による発信などから明らかになっている情報です。

ただし、NHKから正式にロケ地として発表されているわけではないため、現時点では有力な撮影場所の一つと考えられます。

※参考:同校元校長による発信(Facebook)

ロケ地の特徴と見どころ

茨城県立土浦第一高等学校の校舎は、歴史を感じさせる落ち着いた外観が特徴で、明治期の教育機関を舞台とした「風、薫る」の世界観ともよく合致しています。

こうした重厚な建築様式が、看護学校としての厳格な雰囲気や、当時の近代教育の空気感を表現するロケ地として選ばれた可能性があります。

今後の放送で外観や内部の描写が明らかになり次第、ロケ地の詳細や見どころについても追記していきます。

※本記事は放送内容および確認可能な情報に基づき、随時更新の予定です。

女子学院との関係

桜井女学校から女子学院への流れ

梅岡女学校付属看護婦養成所のモデルで、桜井女学校附属看護婦養成所の母体となった学校は桜井女学校です。

この桜井女学校はもともと1876(明治9)年に桜井ちかによって設立され、1890(明治23)年9月9日に新栄女学校と合併し、校名を女子学院に改称したという経緯があります。

詳細解説記事への導線

現在の「学校法人 女子学院」は明治時代初期にできた様々な女学校を源流にもつ学校です。なぜ朝ドラ「風、薫る」の主人公たちが通う看護学校が、実在する女子学院中学校・高等学校につながるかは下記の記事で詳しく説明しています。

風、薫る モデルの大関和・鈴木雅と女子学院の関係とは?

帝都医科大学病院との関係

看護学校から大学病院への実習の流れ

「風、薫る」の第7週以降、梅岡女学校付属看護婦養成所で学んだ学生たちは、帝都医科大学病院で看護実習を行うようになります。

第7週以降のストーリーとのつながり

第7週から第12週の間で大学病院での看護実習を終えた学生たちは、第13週以降に実際の医療現場である大学病院へと移り、トレインドナースとしての実践的な経験を積んでいきます。

まとめ

梅岡女学校付属看護婦養成所のポイント整理

梅岡女学校付属看護婦養成所は、朝ドラ「風、薫る」に登場する看護学校で、主人公・りんと直美がトレインドナースとしての教育を受ける舞台です。

名称は架空ですが、実在した桜井女学校附属看護婦養成所がモデルになっていると考えられます。


モデル・場所・今後の展開

モデルとなった桜井女学校は現在の女子学院へとつながっており、ドラマは実在の歴史をもとに描かれています。

今後は第7週以降、帝都医科大学附属病院での看護実習や卒業後の進路が物語の中心となっていきます。

風、薫るのネタバレ・あらすじを知りたい方へ

最終回までのネタバレはこちら

→ 1分で分かる「風、薫る」のネタバレ・最終回・登場人物の結末

全話あらすじはこちら

「風、薫る」の全体あらすじのまとめや前半・ストーリーの流れはどうなる?

風、薫る 梅岡女学校付属看護婦養成所とは? 関連記事と参考文献

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「風、薫る」に登場する梅岡女学校付属看護婦養成所と女子学院の関係をざっくりと知りたい方は下記の記事が参考になるでしょう。

風、薫る 看護学校はどこ?

風、薫る 梅岡女学校付属看護婦養成所とは? 参考文献

なお今回の記事を作成するにあたって、下記の4冊の文献を参考にしています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」はNHKの朝ドラ「風、薫る」の原案となっている本です。

著:田中ひかる
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小学館
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