次の朝ドラ あんぱんはやなせたかしの妻がモデル
2025年前期のNHK朝ドラとして放送される「あんぱん」のモデルは小松暢(こまつのぶ)(1918~1993)で、漫画「アンパンマン」の生みの親である、漫画家・やなせたかしの妻です。
ただしNHKでは朝ドラ「あんぱん」のモデルは小松暢の生涯であるとしつつも、原作はなくフィクションとして創作するとしています。
したがって朝ドラ「あんぱん」のヒロインとして選ばれた今田美桜さんには「朝田のぶ」という、実際には存在しませんが、実在した小松暢を思わせるような役名が与えられています。
朝ドラ 次期ヒロイン今田美桜 あんぱん 朝田のぶ役
朝ドラ 次 あんぱんの元ネタは? アンパンマンの遺書
漫画家のやなせたかしといえば、「アンパンマン」の原作者であり、日本に存在した国民的漫画家の1人であると言っても過言ではないでしょう。それだけにやなせたかしに関する資料は、一般の方でも容易に手に入れることができます。
しかし、やなせたかしの妻である小松暢の場合はどうでしょうか?たとえばAmazonの商品検索欄に”小松暢”と入力しても、小松暢の自伝などはヒットしません(2024年10月6日現在)。
朝ドラ「あんぱん」のモデルになったにも関わらず、小松暢はやなせたかしのように史料に富んだ人物とは言えないのです。
朝ドラ あんぱんとアンパンマンの遺書
ところがやなせたかしが1995年に書いた「アンパンマンの遺書」という本を読むと、やなせたかしの妻である小松暢のことが述べられています。
「アンパンマンの遺書」は、1993年に亡くなった小松暢を偲んでその2年後に出版されています。すべての内容が、小松暢の生涯や、やなせたかしと小松暢の夫婦生活を記したものではありませんが、やなせたかしと小松暢の馴れ初めや結婚した前後の様子などは詳しく書かれています。
小松暢とやなせたかしの出会い
ちょうど高知新聞社で記者を募集していたので、試験を受けることにした。応募者はものすごく多くて、学歴は大学卒がザラだったが、なぜかぼくは合格して高知新聞の記者になった。
入社して社会部に配属されたが、ウロウロしている間に「月刊高知」という月刊誌を創刊することになり、品原淳次郎と小松暢とぼく、編集長が青山茂というスタッフで、編集することになった。「アンパンマンの遺書」 72ページより
NHKが2024年2月2日に公開した朝ドラ「あんぱん」のあらすじでは、太平洋戦争終結後に朝田のぶと柳井崇(北村匠海)が、高知の新聞社に入社して同じ雑誌の担当になるとあります。
引用した「アンパンマンの遺書」 の文章は、朝ドラ「あんぱん」の朝田のぶと柳井嵩が高知で再開したときのモデルであると言えるでしょう。
小松暢とやなせたかしの結婚
さらにNHKが公開したあらすじによると、朝田のぶと柳井崇は東京に上京して結婚することになるようです。
嵩は東京で漫画家を目指したい気持ちがありつつも、生活していけるか不安でした。のぶはそんな嵩に「あなたも後から来なさいよ。先に東京に行って待っているわ」と告げ、新聞社を辞め上京。のぶを追いかけ上京した嵩と、六畳一間のオンボロアパートでの生活が始まります。
実はこの朝田のぶと柳井崇が結婚するシーンも「アンパンマンの遺書」が参考になっていると考えられます。「アンパンマンの遺書」でやなせたかしはこう語っています。
「やなせさんの赤ちゃんが産みたい」
「え?」
なるほど、これが殺し文句か。必殺のひと言でたちまち心は燃えあがり、ぼくは小松記者を抱きしめて、唇を重ねた。腕の中でぐったりと彼女の体が重くなって、全身の力が抜けていった。遠く紫色の閃光が、ギザギザに暗夜のカーテンを切り裂くのが見えた。その時、ぼくはこの人と結婚しようと決心した。
どうも、このへんは書いていて恥ずかしい。それに、ぼくはラブシーンが不得手だ。
「私、先に上京して、やなせさんを待っているわ」
小松記者は辞表を提出して、さっさと上京して行った。
ぼくが上京したのは、それから半年後である。「アンパンマンの遺書」 83ページから84ページ より
ちなみに朝ドラ「あんぱん」では朝田のぶと柳井崇の新婚生活は、六畳一間のオンボロアパートということですが、実際にはやなせたかしが、大倉山駅の駅前にあった小松暢の下宿先に転がり込むといったものだったそうです。
このように「アンパンマンの遺書」を読んでいると、2025年前期作品として放送される朝ドラ「あんぱん」の内容や元ネタをある程度、先読みすることができます。