やなせたかしの母親は再婚していた
NHKの朝ドラ「あんぱん」で松嶋菜々子さん扮する柳井登美子(やないとみこ)は、やなせたかしさんの母親・柳瀬登喜子(やなせときこ)がモデルです。
柳瀬登喜子は高知県香美郡在所村永野の谷内(たにうち)家の出身です。谷内家は大地主で在所村の村長をする地元の名家で、登喜子はその谷内家の三男三女の次女として生まれます。
柳瀬登喜子は高知県立第一高等女学校時代に結婚していた
登喜子は学生時代に高知県立第一高等女学校に通う才媛で、在学中に一度結婚をしますが、谷内家に出戻ることになります。「慟哭の海峡」では谷内家の遠縁の方が、登喜子についてこのような印象を残しています。
登喜子さんは、この田舎から当時の第一高女に行った方ですから、やはり気位が高かったそうです。柳瀬家はその頃、かなり傾いていたようですが、登喜子さんが早く結婚されて出戻ってきていましたので、東亜同文書院を出た清さんが、結婚をされたのだと思います。
門田隆将「慟哭の海峡」 角川書店 111ページより
つまり、谷内家の出である登喜子がやなせたかしさんの父親である柳瀬清と結婚するときは、すでに「再婚」していたことになります。
柳瀬登喜子と柳瀬清の結婚 やなせたかし・柳瀬千尋の誕生
登喜子が柳瀬清と結婚(再婚)し、やなせたかしさんが生まれたのは1919年2月6日です。その2年後には弟である柳瀬千尋が誕生します。
二番目の夫・柳瀬清の死
ですが柳瀬清は1924年5月16日に32歳という若さで中国・広東省の厦門(アモイ)で客死します。弟の柳瀬千尋は父・清が生前から約束していたということで、伯父・柳瀬寛の養子として引き取られることになります。
そこで登喜子とやなせたかしさん、そしてやなせたかしさんの母方の祖母である谷内鉄の3人は、高知市追手筋の岸野という医者の離れを借りて住むことになります。
自活を模索する柳瀬登喜子
NHKドラマブログの記事で、朝ドラ「あんぱん」の柳井登美子のキャラクター紹介として、”文化的な教養が豊かであり、美しく勝ち気で利発な嵩の母。”とあります。この性格はやなせたかしさんが、生前に書かれた「人生なんて夢だけど」での内容に反映されていると考えられます。
母はあまり家にいませんでした。琴、三味線、謡曲、生け花、茶の湯、洋裁、盆景とありとあらゆる習い事をしていました。化粧も濃く、華やかに着飾って外出するので田舎では評判が悪く、ぼくはときどき母の悪口をまわりの人から聞かされることになります。気性は激しい反面、社交的で誰とでもすぐ親しくなりました。
やなせたかし「人生なんて夢だけど」フレーベル館 50ページ より
柳瀬登喜子 二度目の再婚 相手は東京に住む官僚
しかし登喜子・やなせたかしさん・谷内鉄の3人の生活は長続きしません。やなせたかしさんが高知市立第三小学校二年生のときに、柳瀬登喜子に二度目の再婚話が持ち上がります。
上述した「慟哭の海峡」によると、登喜子の二度目の再婚の相手は東京に住んでいる官僚で、しかも子供のいる家庭でした。
やなせたかしと柳瀬登喜子の別れのシーン
母は伯父としばらく話し合った後、ぼくに「崇はしばらくここで暮らすのよ。病気があるから伯父さんに治してもらいなさい」と言ったのです。
やなせたかし「人生なんて夢だけど」フレーベル館 52ページ より
引用した文章のうち「ここ」というのは、高知県長岡郡後免町で内科小児科医「柳瀬医院」を経営していた、伯父・柳瀬寛の家のことです。やなせたかしさんが、伯父・柳瀬寛に引き取られ、母・登喜子と別れるシーンは、「人生なんて夢だけど」以外にも「慟哭の海峡」や「アンパンマンの遺書」などでも語られています。
柳瀬登喜子 二度目の再婚 その後
やなせたかしさんが7才、弟の柳瀬千尋が5才で母親の柳瀬登喜子と別れた後、この母子たちの繋がりは全く消えてしまったのでしょうか?
消えなかった柳瀬登喜子とやなせたかし・柳瀬千尋とのつながり
実はそんなことは全くなくて、やなせたかしさんのもう一人の伯父である柳瀬正周(まさちか)さんが勤めていた銀行の近くに住んでいたようです。
再婚していた母が、東京の世田谷区大原町にいたことは偶然でした。後免町の柳瀬家でぼくと同室だった伯父の正周も勧業銀行(現みずほ銀行)に勤めていて、その家が母の住まいから歩いて五分ぐらいのところにあったのも全くの偶然です。マグレと偶然が重なり合ってしまったんですね。
やなせたかし「人生なんて夢だけど」フレーベル館 84ページ より
ちなみに「人生なんて夢だけど」を読んでいると、65ページにやなせたかしさんの弟である柳瀬千尋が京都帝国大学法学部に在学していた時に、母・登喜子と写っている写真が掲載されています。
これらのことを考えると、やなせたかしさんの母親である柳瀬登喜子は、清と死に別れた後も、その子供たちと全く縁が切れてしまったわけではないことがわかります。