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ばけばけ ヘブン(八雲)の死因は狭心症か 小泉八雲も狭心症で死去

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目次

ばけばけの雨清水八雲(ヘブン)と実在した小泉八雲の死

ばけばけ 第25週で描かれる八雲(ヘブン)の死

NHKの2025年後期朝ドラ「ばけばけ」の第25週で雨清水八雲(ヘブン)(トミー・バストウ)の死が語られれますが、その死因は狭心症ではないでしょうか。

実在した小泉八雲は1904(明治37)年9月26日に西大久保(現在の東京都新宿区大久保1丁目)の自宅で心臓発作を起こし、同日午後8時ごろに死去しました。享年54。死因は狭心症です。

小泉八雲の葬儀は最晩年を過ごした西大久保の前に住んでいた市ヶ谷富久町(現在の東京都新宿区富久町)の「瘤寺(こぶでら)」とも言われた自證院円融寺で営まれました。

小泉八雲の年表

小泉八雲の54年余りにわたる人生を年表にすると以下の通りとなります。

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西暦(和暦)年齢できごと
1850(嘉永3) 年0才6月27日にギリシャ・レフカダ島でラフカディオ・ハーンとして誕生。父はチャールズ・ハーン、母はローザ・カシマチ
1854(嘉永7)年4才母・ローザと永別
1857(安政4)年7才父・チャールズと永別
1863(文久3)年13才イングランド・ダーラム市郊外のアショー・カレッジに入学
1866(慶応2)年16才左目を失明
1867(慶応3)年17才大叔母のブレナン夫人が破産したことによりアショー・カレッジを退学。ロンドンで貧窮生活を送る
1869(明治2)年19才アメリカ・ニューヨークを経由してシンシナティへ移住
1874(明治7)年24才「シンシナティ・インクワイアラー」紙の記者となる。
アリシア・フォリーと最初の結婚
1877(明治10)年27才シンシナティを去り、ニューオーリンズに居住。餓死寸前の貧窮生活を経験
1881(明治14)年31才アメリカ南部の「タイムズ・デモクラット」紙の文芸部長に
1882(明治15)年32才エリザベス・ビスランドと知り合う
1883(明治16)年33才ニューオーリンズで開催された万国博覧会で日本の美術品に興味を持つ
1887(明治20)年37才ニューヨークで小説「チータ」を推敲。西インド諸島のフランス領マルティニーク島に移る
1890(明治23)年40才アメリカの出版社「ハーパー社」との契約により来日島根県知事・籠手田安定の招聘に応じ、島根県尋常中学校の英語教師に
1891(明治24)年41才2月に富田旅館小泉セツを住み込み女中として雇う。8月に西田千太郎の仲立ちで二度目の結婚。11月に第五高等学校に赴任するために熊本へ転居
1893(明治26)年43才長男・一雄が誕生
1893(明治27)年44才知られぬ日本の面影」を発表
1896(明治29)年46才セツとの結婚が法的に成立し日本国籍に帰化。東京帝国大学文科大学の講師に就任
1897(明治30)年47才次男・巌が誕生。友人の西田千太郎が亡くなる
1899(明治32)年49才三男・清が誕生
1902(明治35年)52才小説「骨董」を出版
1903(明治36年)53才長女・寿々子が誕生。東京帝国大学を退職
1904(明治37年)54才4月に小説「怪談」を出版。9月26日に狭心症のため亡くなる
1905(明治38)年妻・セツが在りし日のハーンの様子を語った「思ひ出の記」を執筆

小泉八雲の最晩年: 家族に財産を残すために命を削って励んだ著作活動

財産を残すために多忙を極めた著作活動

小泉八雲の直接の死因は狭心症です。しかし八雲の寿命を縮めたのは、晩年があまりにも忙し過ぎたことが影響していると考えられます。

東京帝国大学文科大学で小泉八雲に師事した英文学者の田部隆次は、八雲の死後に出版した「小泉八雲 ラフカディオ・へルン」において、小泉八雲は人との交際を避け、時間のかかる娯楽も捨て、著作活動に専心していたことが述べられています。

かくの如く寸陰を惜しみ交際を避け娯楽を捨てて専心著述に従事したが、出勤、講義の準備、毎朝一時間ずつ長男に教える事、読書、その外、来書には必ず返事した事などで日中は暇のない事が多いので、きまって執筆したのは多くは夜であった。暇さえあれば昼も執筆し推敲もした。

田部隆次. 小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン (中公文庫) (Function). Kindle Edition. No.4373

小泉八雲が自らの命を削ってまで著作活動に励んだ理由は、のちに八雲の長男・小泉一雄「ばけばけ」の勘太のモデル)が述べる通り、日本の家族に少しでも多くの財産を残すためでした。

ちなみに長男・小泉一雄は早稲田大学に、次男・稲垣巌(「ばけばけ」の勲のモデル)は京都帝国大学工学部(現在の京都大学工学部)に、三男・小泉清東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)に、それぞれ進学することになります。

家族も認めた小泉八雲のハードな生活

多忙を極めたことが小泉八雲の寿命を縮めたと考えるのは、何も八雲の弟子であった田部隆次だけではありません。八雲の家族である、妻・小泉セツや長男・小泉一雄もそれぞれの著作で同じようなことを述べています。

妻・小泉セツの証言

小泉セツの「思ひ出の記」では、東京帝国大学に講師として勤務をしていたころの小泉八雲の生活パターンが記されています。

これによると夜中に寸暇を惜しんで著作に励んでいたことがわかります(引用した文章は「小泉八雲 ラフカディオ・へルン」に付属した「思ひ出の記」より)。

ヘルンは朝起きも早い方でした。年中、元日もかかさず、朝一時間だけは長男に教えました。大学に出ております頃は火曜日は八時に始まりますからこの日に限り午後に致しました。大学まで車で往復一時間ずつかかります。昼のうちは午後二時か三時頃から二時間程散歩をするか、あるいは読書や手紙を書く事や講義の準備などで費しまして、筆をとるのは大概夜でした。夜は大概十二時まで執筆していました。時として夜眠られない時起きて書いている事もございました。

田部隆次. 小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン (中公文庫) (Function). Kindle Edition. No.3659

長男・小泉一雄の証言

また小泉一雄が記した「父小泉八雲」においても、小泉八雲は命を削ってペンを握っていたことが述べられています。ただこちらでは自分の先が長くないことを見越して、家族のために少しでも多くの財産を残そうとしていたことが分かります。


父は教鞭を執る傍ら、馬車馬のごとく傍目もふらず執筆した。書かずにいられぬ人であった。草雲雀が己が片脚を食ってまでもなお哀れな音でその天性のセレナーデを奏でるをやめようとしなかったごとく(「骨董」所載)。 この虫が見ぬ恋への努力なら、父のは現実の妻子及眷属たちへの愛の努力であった。散歩、亜鈴体操、水泳等もした。しかしそれは執筆する身の保健上からであった。宴会や社交場裡へは余り顔を出さなかった。 エゴイズムを嫌い只管家人への愛のために励んだ。晩年程、刻まれゆく余命を惜んで、余計にあくせくと執筆に従事していた。もう少しのんびりさせてあげたかった。現実は余りに父の上に冷酷であった。傷ましい「金、金!」の独言もここから出ている。

小泉一雄. 父小泉八雲 後篇 (p. 115). (Function). Kindle Edition.

小泉八雲 最後の言葉

小泉セツの「思ひ出の記」には、小泉八雲が亡くなる1週間前にセツに託した遺言と思われる会話と、亡くなった日当日の最後の言葉も記されています(引用した文章は「小泉八雲 ラフカディオ・へルン」に付属した「思ひ出の記」より)。

1904(明治37年)9月19日午後3時ごろの会話

「これは梅(謙次郎博士)さんにあてた手紙です。何か困難な事件の起った時に、よき智恵をあなたに貸しましょう。この痛みも、もう大きいの、参りますならば、多分私、死にましょう。そのあとで、私死にますとも、泣く、決していけません。小さい瓶買いましょう。三銭あるいは四銭位のです。私の骨入れるために。そして田舎の淋しい小寺に埋めて下さい。悲しむ、私喜ぶないです。あなた、子供とカルタして遊んで下さい。如何に私それを喜ぶ、私死にましたの知らせ、要りません。もし人が尋ねましたならば、はああれは先頃なくなりました。それでよいです」  私は「そのような哀れな話して下さるな、そのような事決してないです」と申しますと、ヘルンは「これは冗談でないです。心からの話。真面目の事です」と力をこめて、申しまして、それから「仕方がない」と安心したように申しまして、静かにしていました。

田部隆次. 小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン (中公文庫) (Function). Kindle Edition. No.3711

1904(明治37年)9月26日夜の会話

「パパ、グッドパパ」「スウィト・チキン」と申し合って、子供等と別れていつものように書斎の廊下を散歩していましたが、小一時間程して私の側に淋しそうな顔して参りまして、小さい声で「ママさん、先日の病気また参りました」と申しました。私は一緒に参りました。暫くの間、胸に手をあてて、室内を歩いていましたが、そっと寝床に休むように勧めまして、静かに横にならせました。間もなく、もうこの世の人ではありませんでした。

田部隆次. 小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン (中公文庫) (Function). Kindle Edition. No.3765

ばけばけ ヘブン(八雲)の死因 関連記事と参考文献

ばけばけ ヘブン(八雲)の死因 関連記事

実在した小泉八雲の死因や最期の様子については下記の記事でも言及しています。

ばけばけ ヘブン(八雲)の死因 参考文献

今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。

NHK出版
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中央公論新社
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