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風、薫る りんはなぜ新潟へ行く?大学病院を離れる理由を史実から考察

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朝ドラ「風、薫る」では、帝都医科大学附属病院で働いてきたりん(見上愛)が、今後“新潟編”へ進むことがNHK公式情報でも予告されています。

では、りんはなぜ大学病院を離れ、新潟へ向かうのでしょうか?

結論から言うと、りんのモデル・大関和さんには、

・看病婦待遇改善の建議書提出
・東京の大学病院での対立
・新潟において地方医療との出会い
・新潟県高田での女子教育や廃娼運動との関わり

という史実が存在しています。

また新潟編では、これまで描かれてきた「大学病院の近代看護」だけでなく、“地方で生きる女性たち”や“病院の外にある看護”も大きなテーマになっていく可能性があります。

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目次

結論|りんは“大学病院の外にある看護”を求めて新潟へ向かう

・看病婦待遇問題が、りんの転機になる可能性
・大学病院を離れ、地方医療や女子教育の世界へ進むかもしれない
・新潟編では“再出発”と“女性たちの新しい生き方”が描かれる可能性

風、薫る ネタバレ最終回 主要登場人物の結末

NHK公式が予告した「新潟編」とは

NHK公式でも「新潟編」が予告されている

NHKは2026年5月1日に公開した「風、薫る」の公式情報の中で、“新潟編”を予告しています。

また5月11日に公開した新潟ロケ取材会の情報によると、“新潟編”が4週間放送されることを明らかにしています。

これらの情報から今後の「風、薫る」では、帝都医科大学附属病院を離れた後のりんたちの人生が描かれていく可能性があるでしょう。

りんはなぜ東京の大学病院を離れるのか?

これまで「風、薫る」では、帝都医科大学附属病院を舞台に、

・トレインドナース
・看病婦
・病院組織
・医師との上下関係

などが描かれてきました。

しかし第13週第14週第15週にかけて、“理想の看護”と“大学病院の現実”が大きく衝突し始める可能性があります。

特に看病婦待遇問題や、大学病院内部の強い上下関係が、りんの人生を大きく変える転機になるのかもしれません。

りんのモデル・大関和はなぜ新潟へ向かったのか

新潟の女学校での活躍

りんのモデル・大関和さんは、大学病院を離れた後、新潟県高田にあった高田女学校で舎監として働きました。

そのため「風、薫る」でも、りんが女学校で若い女性たちを支えながら、“看護婦”だけではない新しい役割に向き合っていく可能性があります。

また、新潟編ではこれまでの大学病院編とは異なり、“女子教育”や“地方で生きる女性たち”にもスポットライトが当たり始めるのかもしれません。

それは、“大学病院の中だけでは完結しない看護”を、りん自身が学び始める過程なのかもしれません。

新潟の病院での活躍

大関和さんは、その後、知命堂病院で看護長として働き、さらに速成看護婦養成所の教授も兼任しました。

当時の新潟県ではコレラや赤痢などの感染症対策が重要な課題となっており、大関和さんは地方医療の最前線で活動することになります。

「風、薫る」でも新潟編では、大学病院とは異なる“地域医療”や“感染症との戦い”が描かれていく可能性があります。

横沢公輔との関係は?

「風、薫る」の横沢公輔は、シマケン(島田健次郎)と同じく、新聞記者として社会運動や女性問題に関わる人物として描かれる可能性があります。

実際、大関和さんは新潟県高田で廃娼運動の演説会に参加した際、小説家・社会運動家の木下尚江と知り合ったことが知られています。

そのため新潟編では、りんが医療だけでなく、“女性の生き方”や“社会運動”とも関わり始める展開になるのかもしれません。

りんは大学病院を離れて幸せになる?

大学病院を離れることは“敗北”なのか

一見すると、大学病院を離れることは“左遷”や“挫折”のようにも見えます。

しかし大関和さんは、その後も新潟で看護や女子教育に深く関わり続けました。

また、地方の病院や女学校で働くことによって、大学病院時代とは違う形で多くの女性たちを支えることになっていきます。

新潟編は“再出発”になる可能性

「風、薫る」の新潟編は、単なる“大学病院編の終わり”ではなく、

“病院の外にある新しい看護”

を描く再出発編になる可能性があります。

また、りん自身も「患者を支えるとは何か」「女性が働くとはどういうことか」を改めて考え直していくのかもしれません。

りんのモデル・大関和に起きた史実

大関和は看病婦待遇改善の建議書を提出した

りんのモデル・大関和さんは、1890(明治23)年9月に、帝国大学医科大学附属第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)で働く看病婦たちの待遇改善を求める建議書を、上司である佐藤三吉外科教授(「風、薫る」の今井益男のモデル)に提出。

当時、同病院で働く看病婦たちは、トレインドナースになることを目指して、日中はこれまで通りの看護業務を行い、夜は看護の専門知識を学ぶという厳しい労働環境に置かれていたとされています。

大関和さんの伝記である「大風のように生きて 日本最初の看護婦大関和物語」によると、建議書には看病婦の勤務を当直制から昼夜二交代制にするべきと言う内容が含まれていました。

建議書問題で大学病院と対立した

しかし、この建議書は大学病院内部で大きな問題視されました。

特に明治時代の大学病院は強い上下関係で成り立っており、女性の看護婦による提言は大きな衝撃だったと考えられています。

佐藤三吉は大関和を看護師長の職を解任

外科教授の佐藤三吉は、対応に苦慮。

しかし結果的には佐藤三吉は大関和さんの看病婦取締(現在の看護師長に相当)の職を解任することを決断。また大関和さんも自分の信念を曲げることはできず、帝国大学医科大学附属第一医院を退職することになりました。

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りんのモデル・大関和はなぜ新潟へ向かったのか

高田女学校の舎監の仕事に就く

職を失った大関和さんに新しい仕事を紹介したのは、女子学院(桜井女学校と新栄女学校が合併した女学校)経営者であるマリア・T・ツルー(「風、薫る」メアリーのモデル)校長の矢嶋楫子(梶原敏子のモデル)でした。

彼女たちは大関和さんが桜井女学校附属看護婦養成所(梅岡女学校附属看護婦養成所のモデル)の卒業生だったこともあり、女子学院の姉妹校である高田女学校における舎監の仕事を斡旋。

こうして1890年(明治23)年11月に大関和さんは、他の家族たちを東京に残し「単身赴任」という形で高田女学校に赴任し、約1年の間、同校で働くことになりました。

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佐藤三吉は知命堂病院を紹介していた

一見すると大学病院から追い出されたように見える大関和さんですが、詳しく見ると実はその表現は必ずしも適当ではありません。

実は帝国大学医科大学附属第一医院の佐藤三吉は、大関和さんが退職する寸前に、新潟県高田で開院する知命堂病院で働くよう打診していました。

かつて帝国大学医科大学附属第一医院には瀬尾原始(「風、薫る」の黒川勝治のモデル)という外科助手が在籍し、佐藤三吉はその瀬尾原始が知命堂病院で院長を務めることを知っていたからです。

帝国大学医科大学附属第一医院における瀬尾原始の専門は外科でしたが、同時に看護婦養成の任にも当たっていました。

知命堂病院で働き始める

実際、大関和さんは1891(明治24)年11月29日に知命堂病院が開院するとともに、知命堂病院の初代看護長(現在の看護師長のこと)に就任。

当時の新潟県ではコレラや赤痢が流行しており、こうした伝染病(感染症)の予防が新潟県における公衆衛生に関する政策課題となっていました。

そこで瀬尾原始は私費を投じて、感染症の予防とその患者の看護を目的とした知命堂病院速成看護婦養成所を開設。大関和さんはその速成看護婦養成所の教授も兼任することになります。

こうして大関和さんは1896(明治29)年5月に東京へ戻るまで、高田女学校で約1年間、知命堂病院で約4年半、合計5年半を新潟県高田の地で過ごすことになりました。

木下尚江とは高田の廃娼運動で知り合う

インターネット上の一部では「風、薫る」に登場するシマケン(島田健次郎)のモデルは、小説家・社会運動家で大関和さんと再婚寸前の仲までいった木下尚江(1869-1936年)ではないかと言われています。

再婚寸前までいった大関和と木下尚江の関係とは?

実は大関和さんが木下尚江と初めて知り合ったのは、高田女学校で舎監をしていた1891(明治24)年5月ごろのことです。

当時の高田では廃娼運動が盛んであり、その廃娼運動の演説会を通して2人は知り合いとなりました。

風、薫る 全話あらすじと最終回までのネタバレ

風、薫る 全話あらすじ

「風、薫る」の各週のあらすじについては、下記の記事で詳しく解説しています。

風、薫る 全話あらすじ一覧 最新週から第1週まで

風、薫る 最終回までのネタバレ

「風、薫る」の最終回までの展開や、りん・直美ら主要人物の結末については、下記の記事で詳しく解説しています。

風、薫る ネタバレ最終回 主要登場人物の結末

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りんのモデル・大関和とは?史実と生涯を解説

参考文献

なお今回の記事を作成するにあたって、下記の文献を参考にしています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」はNHKの朝ドラ「風、薫る」の原案となっている本です。

著:田中ひかる
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NHK出版
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