結論から言うと、朝ドラ「風、薫る」の今井益男(古川雄大)のモデルは、東京大学医学部附属病院の前身・帝国大学医科大学附属第一医院で外科教授を務めた佐藤三吉と考えられます。
実在の佐藤三吉は、日本の近代外科医学を支えた医師として知られる一方、大関和さんが提出した「看病婦の待遇改善を求める建議書」によって対立した人物としても知られています。
しかし単純な悪役ではなく、大関和さんへ新潟県高田の知命堂病院を紹介した人物でもあり、結果的には“りんの人生を大きく変える人物”になっていく可能性があります。
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結論|今井益男は“りんの人生を変える人物”か
・今井益男のモデルは東大病院の名医・佐藤三吉と考えられる
・大関和は看病婦待遇改善の建議書を提出し、佐藤三吉と対立した
・しかし佐藤三吉は、新潟県高田の知命堂病院を紹介した人物でもある
さらに今後の「風、薫る」では、
・帝都医科大学附属病院で何が起きるのか
・りんはなぜ新潟へ向かうのか
・大学病院編はどう終わるのか
も重要なテーマになっていきそうです。
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風、薫る 今井益男のネタバレと史実まとめ
風、薫る 今井益男のモデルは佐藤三吉
今井益男のモデルと考えられるのが、佐藤三吉(さとうさんきち)(1857~1943年)です。
佐藤三吉は明治時代半ばから大正時代にかけて、東京帝国大学医科大学(現在の東京大学医学部)教授・東京帝国大学医科大附属医院長・東京帝国大学医科大学長を歴任した人物として知られています。
りんのモデル・大関和さんが東京帝国大学医科大附属第一医院に看病婦取締として勤務していた時期は、佐藤三吉は同医院の外科医局長であり、大関和さんの上司でした。
風、薫るの今井益男とは
今井益男の役柄は、帝都医科大学附属病院において教授兼外科医局長を務める、「ドイツ帰りのエリート医師」です。
りん・直美らトレインドナースたちにとっては、“理想の看護”と“病院組織の現実”を突きつける存在になっていく可能性があります。
一方で今井益男は、単なる「厳しい上司」ではなく、りんの人生を大きく変える人物として描かれる可能性もあります。
特に今井益男は、「明治の大学病院」という巨大組織そのものを象徴する人物として描かれるのかもしれません。
一方で今井益男は、単なる「厳しい上司」ではなく、りんの人生を大きく変える人物として描かれる可能性もあります。
モデルとなった佐藤三吉は、大関和さんが看病婦待遇改善の建議書を提出したことで対立した一方、その後、新潟県高田の知命堂病院を紹介した人物としても知られています。
そのため「風、薫る」でも、
・りんが大学病院を離れる理由
・なぜ新潟へ向かうのか
・“病院の外にある看護”へどう進むのか
をつなぐ重要人物になるのかもしれません。
今井益男はりんを大学病院から追い出す?
モデルとなった大関和さんは、1890(明治23)年9月に、従来から病院で看護のために働いていた看病婦の待遇改善を求める建議書を提出しました。
しかし、この建議書は他の医師たちの間で問題視され、大関和さんは看病婦取締の職を解任され、退職へと追い込まれます。
こうした史実から「風、薫る」でも、今井益男がりんにとって厳しい立場の人物として描かれる可能性があります。
ただし、佐藤三吉は単純な“悪役”ではありません。
「大学病院における管理職」の立場にありながら、結果的には大関和さんへ新潟県高田の知命堂病院を紹介し、新しい看護の道へ進むきっかけを作った人物でもありました。
「風、薫る」でも今井益男は、“帝都医大病院編”と“新潟編”をつなぐ重要人物になっていくのかもしれません。
風、薫る 今井益男 役 古川雄大さん プロフィール
1987年生まれ、長野県出身。NHK朝ドラには「エール」に出演。
佐藤三吉とはどんな人物だったのか
佐藤三吉とは
佐藤三吉は1857(安政4)年11月15日に、美濃国大垣藩(現在の岐阜県大垣市)の藩士・佐藤只五郎の三男として誕生。
1882(明治15)年に帝国大学医科大学(現在の東京大学医学部)を卒業し、1883(明治16)年にドイツのベルリン大学に留学し外科学を学ぶ。1887(明治19)年には東京帝国大学教授に任じられ、1901(明治34)年には東京帝国大学医科大学付属医院院長に就任。
さらに1918年(大正7年)には東京帝国大学医科大学の学長に就任しました。
佐藤三吉の年表
| 西暦(和暦) | 年齢(数え) | できごと |
|---|---|---|
| 1857(安政4)年 | 1才 | 大垣藩藩士・佐藤只五郎の三男として誕生 |
| 1871(明治4)年 | 15才 | 大学南校(現在の東京大学)に入学 |
| 1882(明治15)年 | 26才 | 帝国大学医科大学を卒業 |
| 1883(明治16)年 | 27才 | ドイツのベルリン大学を卒業 |
| 1887(明治19)年 | 31才 | 東京帝国大学教授(外科)に任じられる |
| 1888(明治21)年 | 32才 | 外科の医局に大関和が看病婦取締として配属される |
| 1890(明治23)年 | 34才 | 9月、大関和から看病婦の待遇改善に関する建議書を提出され、新潟県高田にある知命堂病院に行くとこを勧める |
| 1901(明治34)年 | 45才 | 東京帝国大学医科大学付属医院院長に就任 |
| 1909(明治42)年 | 53才 | 帝国学士院会員に任命される |
| 1918(大正7)年 | 62才 | 東京帝国大学医科大学学長に就任 |
| 1921(大正10)年 | 65才 | 定年退官、東京帝国大学名誉教授となる |
| 1922(大正11)年 | 66才 | 貴族院議員に就任 |
| 1943(昭和18)年 | 87才 | 6月17日に死去 |
佐藤三吉と大関和の関係 結末まとめ
大関和は看病婦待遇改善を求める建議書を佐藤三吉に提出
1890(明治23)年9月、大関和さんは、病院で働く看病婦たちの待遇改善を求め、病院側へ建議書を提出。
当時、病院ではトレインドナースである大関和さんや鈴木雅さんらに憧れた看病婦たちが、自分たちもトレインドナースになれるよう看護の専門知識を勉強を始めていました。
しかし看病婦たちが勉強を始めるといっても、病院内での看護業務を軽減してもらえたわけではありません。
日中に目一杯働いて、夜中に勉強をするというサイクルだったので、看病婦たちはかえって疲れ果てやる気を失ってしまうという状況が生まれてしまったのです。
そこで看病婦たちの上司だった大関和さんは、看病婦の労働条件や待遇などを改善するための建議書を佐藤三吉教授に提出しました。
大関和は建議書提出を問題視され大学病院を退職
しかし、この建議書は大学病院の内部で大きな問題視されました。
なぜなら大関和さんは、周囲の医師たちに全く根回しすることなく、上司である佐藤三吉に建議書を提出したためです。
佐藤三吉教授は対応に苦慮。なぜなら佐藤教授はトレインドナースとしての大関和さんのことを高く評価していたからです。
しかし、看護婦が周囲の医師たちと反りが合わないことは医療行為を続ける上で致命的な問題です。
結局、佐藤教授は悩んだ末に、大関和さん看病婦取締の職を解任することを決断。大関和さんも自分の信念を曲げることはできずに、帝国大学医科大学附属第一医院を退職することになりました。
佐藤三吉が新潟行きを勧めた
その一方で佐藤三吉は大関和さんに対し、新潟県高田(現在の新潟県上越市)の知命堂病院を紹介した人物としても知られています。
現在の新潟県上越市にある知命堂病院は、かつて帝国大学医科大学の外科助手で看護婦養成の講師もしていた瀬尾原始(「風、薫る」の黒川勝治のモデル)の実家であり、当時は養父・瀬尾玄弘から養子の瀬尾原始が病院を継ぐことになっていました。
いずれにせよ、正義感の強い和にしてみれば、自分が女性であることなどは度外視して建議書提出の行動に出たのだった。佐藤は考えた末、和に越後高田の知命堂病院に行ってみないか、と話を切り出したのだった(『穂高高原』二六七頁)。
結果的に、この転職が大関和さんにとって“地方医療と女子教育”という新しい道につながっていきました。
「風、薫る」でも、ここから“新潟編”へつながっていく可能性があります。
風、薫る 全話あらすじと最終回までのネタバレ
風、薫る 全話あらすじ
「風、薫る」の各週のあらすじについては、下記の記事で詳しく解説しています。
風、薫る 最終回までのネタバレ
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りんのモデル・大関和とはどんな人物?
りんのモデルと考えられる大関和さんは、日本近代看護の黎明期を支えた人物です。
大学病院での活動や、新潟へ向かった理由については下記の記事で詳しく整理しています。
参考文献
なお今回の記事を作成するにあたって、下記の文献を参考にしています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」はNHKの朝ドラ「風、薫る」の原案となっている本です。
- 田中ひかる 「明治のナイチンゲール 大関和物語」中央公論新社
- 吉瀬智子・田中ひかる 連続テレビ小説 風、薫る Part1 (1) (NHKドラマ・ガイド) NHK出版
- 亀山美知子 「大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語」 ドメス出版
- 亀山美知子 「女たちの約束: M.T.ツル-と日本最初の看護婦学校」ドメス出版
