朝ドラ「風、薫る」16週「新風吹くころ」の78話から登場する高越女学校。
主人公・りんは看護婦の仕事を離れ、新潟にある高越女学校へ舎監として赴任します。
高越女学校はドラマに登場する架空の学校ですが、史実をたどると明治時代に実在した高田女学校がモデルになっていると考えられます。
この記事では、モデルと考えられる高田女学校の歴史や、大関和との関係、ロケ地について詳しく解説します。
▼要点まとめ
・高越女学校は朝ドラ「風、薫る」に登場する架空の女学校
・モデルは大関和が勤務した高田女学校と考えられる
・ロケ地は現在のところ公表されていない
→ 大関和が新潟の高田女学校へ赴任した理由とは?
→ 一ノ瀬りんのモデル・大関和の史実
→ 風、薫る 16週「新風吹くころ」あらすじ
→ 風、薫る 全話あらすじ一覧
→ 風、薫る ネタバレ 最終回まで
結論|高越女学校とは?
高越女学校とは、朝ドラ「風、薫る」で主人公・りん(見上愛)が舎監として赴任する女子教育機関です。
NHKはモデルについて公式には発表していません。
しかし、史実との一致点は非常に多くあります。
・新潟県にある女学校
・りんが舎監として赴任する
・大関和も新潟の女学校で生徒を指導していた
という共通点から、高越女学校は実在した高田女学校をモデルにしている可能性が高いと考えられます。
→ 大関和が新潟の高田女学校へ赴任した理由とは?
→ 一ノ瀬りんのモデル・大関和の史実
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高越女学校とは?
高越女学校とは16週「新風吹くころ」の75話(2026年7月15日放送予定)からりんが勤務する新潟の女学校です。
りんは看護婦を退職し、一人娘の環を女学校へ進学させられるだけの収入を得るため、高越女学校の舎監として新たな仕事を始めます。
舎監とは寄宿舎で生活する生徒の生活指導や健康管理、規律の維持などを担当する役職です。
明治時代の女学校では寄宿舎を備える学校も多く、舎監は教育に欠かせない存在でした。
ドラマでも、りんは看護婦として培った経験を生かしながら、生徒たちを支える役割を担うことになります。
高越女学校のモデルは高田女学校?
結論からいうと、高越女学校のモデルは、明治時代に実在した高田女学校である可能性が高いと考えられます。
公式発表はありませんが、史実との共通点が数多く見られます。
高田女学校とは?
高田女学校は1888(明治21)年5月19日、新潟県高田(現在の新潟県上越市)に設立されたミッションスクールです。
初代校長は栗原トヨ子でした。
女子教育の普及を目的として設立され、女子学院の姉妹校として運営されていました。
女子学院の姉妹校として設立された
高田女学校は、地元の有力者である森山信一や白石行信らが、女子学院の経営者であるマリア・T・ツルーに協力を要請したことで設立されました。
女子学院からは教師が数名派遣され、その一人として大関和も新潟へ赴任しています。
こうした経緯から、高田女学校は女子学院の姉妹校として歩みを始めました。
大関和も高田女学校へ赴任した
大関和は1890(明治23)年11月から1891(明治24)年11月下旬まで、高田女学校に勤務しました。
正式な役職は「生徒取締兼伝道」です。
一方、「風、薫る」のりんは舎監として赴任しており、キリスト教の伝道活動は行いません。
つまりドラマでは、大関和が新潟の女学校で生徒を指導したという史実をもとにしながらも、宗教的な要素を取り除き舎監という役割へアレンジしたものと考えられます。
30人以上の寄宿生が学んでいた
大関和が赴任した頃の高田女学校には寄宿舎が設けられ、30名以上の生徒が在籍していました。
寄宿舎を運営するため、生徒たちの生活を支える役割が必要であり、大関和は生徒取締としてその職務を担っていました。
ドラマでりんが舎監として赴任する設定も、この史実を反映したものと考えられます。
木下尚江との出会いにつながった学校
大関和は高田女学校に勤務していた1891(明治24)年5月ごろ、廃娼運動を通じて木下尚江と出会いました。
この出会いは、その後の大関和の人生に大きな影響を与えた出来事として知られています。
「風、薫る」16週の79話では木下尚江がモデルとなっていると考えられる、新聞記者・横沢公輔(井上祐貴)が登場します。
→ 横沢公輔(井上祐貴)とは誰?木下尚江のモデル
→ 大関和と木下尚江 結婚寸前まで行った2人
高田女学校は現在も存在する?
高田女学校の系譜を受け継ぐ学校は、現在は存在しないと考えられています。
1900(明治33)年には中頸城郡立高田高等女学校(現在の新潟県立高田北城高等学校)が設立されました。
しかし、この学校は公立学校であり、大関和が勤務したミッションスクールの高田女学校とは別の学校であると考えられます
そのため、高越女学校のモデルとなった高田女学校の系譜を直接引く学校は現在は残っていない可能性が高いでしょう。
高越女学校のロケ地は?
朝ドラ「風、薫る」で登場する高越女学校のロケ地については現在のところ判明していません。
NHKや制作関係者から正式な発表があり次第、本記事でも追記いたします。
よくある質問
Q. 高越女学校は実在する学校ですか?
A. いいえ。
高越女学校は朝ドラ「風、薫る」に登場する架空の学校です。
Q. 高越女学校のモデルはどこですか?
A. 公式発表はありませんが、大関和が1890年から1891年まで勤務した新潟県の高田女学校がモデルになった可能性が高いと考えられます。
Q. 高越女学校のロケ地はどこですか?
A. 現在のところロケ地は公表されていません。
新しい情報が判明しましたら、本記事でも更新いたします。
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風、薫る りんはなぜ新潟で働くのか?
風、薫るのりんは看護婦を辞めても、環を女学校に進学させられる稼ぎを得られるために新潟に赴任しました。
りんのモデルとなった大関和さんも、やはり同様の理由で新潟の高田女学校に単身赴任しました。
横沢公輔との出会いが新潟編の見どころ
りんは新潟の地で新聞記者の横沢公輔と出会います。
横沢公輔は新聞記者の肩書きも持つ木下尚江をモデルにしていると考えられます。
→ 横沢公輔(井上祐貴)とは誰?木下尚江のモデル
→ 大関和と木下尚江 結婚寸前まで行った2人
風、薫る 全話あらすじと最終回までのネタバレ
風、薫る 全話あらすじ
「風、薫る」の各週のあらすじについては、下記の記事で詳しく解説しています。
風、薫る 最終回までのネタバレ
「風、薫る」の最終回までの展開や、りん・直美ら主要人物の結末については、下記の記事で詳しく解説しています。
参考文献
なお今回の記事を作成するにあたって、下記の文献を参考にしています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」はNHKの朝ドラ「風、薫る」の原案となっている本です。
