小説家・宇野千代(1897~1996年)と林芙美子(1903~1951年)は、昭和期の文壇で交流した女性作家です。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜や、同『第9巻』に収録された随筆「林芙美子さん」から、2人は1928(昭和3)年頃、吉屋信子の渡欧歓送会で初めて顔を合わせたと考えられます。
その後、宇野千代は林芙美子の小説『牡蠣』を批評し、1937(昭和12)年には林芙美子・吉屋信子と座談会で同席。随筆「林芙美子さん」では、林芙美子の人柄や小説、作家としての姿勢について率直な評価を残しました。
1951(昭和26)年に林芙美子が48歳で急逝した際には、宇野千代もその死に衝撃を受けています。
また、朝ドラ「ブラッサム」に登場する森佐代子(堀田真由)は、NHKによって林芙美子をモチーフとした人物であることが明らかにされています。
この記事では、宇野千代と林芙美子の出会いや交流、宇野千代が林芙美子をどのように見ていたのかについて紹介します。
→ 宇野千代の人間関係 交流のあった作家・芸術家たち
→ 宇野千代と吉屋信子の関係
→ 宇野千代の年表
→ ブラッサム 登場人物のモデル一覧
結論|宇野千代と林芙美子は昭和初期から交流した女性作家
宇野千代と林芙美子は、1928(昭和3)年頃から交流が確認できる昭和期の女性作家です。
宇野千代は上野精養軒で開かれた吉屋信子の渡欧歓送会で林芙美子と初めて顔を合わせたと考えられ、その第一印象について「ちょっと度胆を抜かれた」と振り返っています。
その後、1935(昭和10)年には林芙美子の小説『牡蠣』を批評し、1937(昭和12)年には林芙美子・吉屋信子と座談会で同席しました。
宇野千代は随筆「林芙美子さん」も残しており、林芙美子について、人の心の中へ飛び込んでいくような魅力を持つ人物と評価。一方で、当時の林芙美子の小説には「賛成し難いものを感じる」と率直な意見も記しています。
1951(昭和26)年に林芙美子が48歳で急逝すると、宇野千代はその死に衝撃を受けました。
2人は単に同じ時代に活躍した女性作家ではなく、作品の批評や座談会などを通じて接点を持ち、宇野千代が林芙美子の人柄や作家としての姿を長年にわたって意識していた関係だったことが分かります。
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→ 宇野千代と吉屋信子の関係
→ 宇野千代の年表
→ ブラッサム 森佐代子(堀田真由)とは?(準備中)
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宇野千代と林芙美子の関係
宇野千代と林芙美子は、昭和期の文壇で交流した女性作家です。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜や、同『第9巻』に収録された随筆「林芙美子さん」から、2人は1928(昭和3)年頃に初めて顔を合わせたと考えられます。
その後、宇野千代は林芙美子の小説『牡蠣』を批評し、林芙美子や吉屋信子とともに座談会にも参加。
1951(昭和26)年に林芙美子が48歳で急逝した際には、宇野千代もその死に衝撃を受けています。
1928年頃:吉屋信子の渡欧歓送会で林芙美子と出会う
宇野千代と林芙美子が初めて顔を合わせたのは、1928(昭和3)年頃だったと考えられます。
『宇野千代全集 第9巻』に収録された随筆「林芙美子さん」で、宇野千代は上野精養軒で開かれた吉屋信子の渡欧送別会について振り返っています。
宇野千代によると、送別会が終わり、会場から出ようとしていたとき、林芙美子が突然、
「宇野さん!」
宇野千代 宇野千代全集 第9巻 中央公論新社 225ページ
と声をかけてきました。
林芙美子は宇野千代の方へ進み、盃を持って差し出すと、
「一ぱいのみませんか。」
宇野千代 宇野千代全集 第9巻 中央公論新社 225ページ
と誘ったといいます。
宇野千代は、このときの林芙美子について「私の始めて見た林芙美子さん」と書いています。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜では、1928(昭和3)年に宇野千代が吉屋信子の渡欧歓送会に出席したことが確認できます。
そのため、宇野千代と林芙美子が初めて顔を合わせたのは、1928(昭和3)年頃の上野精養軒で開かれた吉屋信子の渡欧歓送会だったと考えられます。
林芙美子の第一印象に「ちょっと度胆を抜かれた」
初めて顔を合わせた林芙美子から、いきなり酒を勧められた宇野千代は、
「私はちょっと度胆を抜かれた。」
宇野千代 宇野千代全集 第9巻 中央公論新社 225ページ
と当時の驚きを振り返っています。
初対面の相手に突然酒を勧めれば、普通なら奇妙な印象を与えても不思議ではありません。
ところが宇野千代によると、このときの林芙美子からは、そのような嫌な印象を受けなかったといいます。
宇野千代は、林芙美子の「小さい全身の表情」に表れていた気持ちから、むしろ「お酒なんかのみたくありません」と断る人間の方が変に見えるほどだったと振り返っています。
後に宇野千代が分析する、林芙美子の「人の心の中へ飛び込む」ような魅力を、最初に目の当たりにした出来事でした。
宇野千代は林芙美子の小説『牡蠣』を批評
宇野千代と林芙美子の関係は、作家同士の交流としても確認できます。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜によると、1935(昭和10)年、宇野千代は『文芸首都』11月号に林芙美子の小説『牡蠣』についての批評を掲載しています。
1935年:『文芸首都』で林芙美子『牡蠣』を取り上げる
林芙美子は『放浪記』などの作品によって作家として知られるようになり、昭和初期の文壇で活躍していました。
宇野千代も同じ時代に小説家として活動しており、1935(昭和10)年には林芙美子の『牡蠣』を批評しています。
二人は単に同時代に活躍していた女性作家というだけではなく、宇野千代が林芙美子の作品を読み、批評の対象として取り上げる関係でもありました。
宇野千代・林芙美子・吉屋信子が座談会で同席
1937(昭和12)年には、宇野千代と林芙美子が同じ座談会に参加しています。
ここには、1928(昭和3)年頃に二人が初めて顔を合わせるきっかけとなった吉屋信子も参加していました。
1937年:「男ごころ、女ごころを語る『話』の会」に参加
『宇野千代全集 第12巻』の年譜によると、1937(昭和12)年、宇野千代は『話』5月号の座談会「男ごころ、女ごころを語る『話』の会」に参加。
この座談会には、林芙美子や吉屋信子も加わっています。
1928年頃の吉屋信子の渡欧歓送会から約9年後にも、宇野千代・林芙美子・吉屋信子の3人が同じ場に集まっていたことになります。
宇野千代が随筆「林芙美子さん」で語った人物像
『宇野千代全集 第9巻』には、宇野千代が林芙美子について書いた「林芙美子さん」という随筆が収録されています。
底本は1971(昭和46)年7月に講談社から刊行された『親しい仲』で、初出は未詳です。
ただし、本文では1928(昭和3)年の吉屋信子の渡欧送別会を「ちょうど十年も前」と振り返り、さらに林芙美子の「漢口一番乗り」を数ヶ月前の出来事として取り上げています。
この内容から、「林芙美子さん」は1938(昭和13)年頃に書かれた文章と考えられます。
「誰でも、一瞬の間に林さんを好きになる」
宇野千代は、林芙美子が人から好かれる理由について、
「林さんはどこへ行ってもこの行き方で人の心の中へ飛び込む。」
宇野千代 宇野千代全集 第9巻 中央公論新社 226ページ
と表現。宇野千代によると、林芙美子は相手に考える隙を与えないほど勢いよく人の心へ入り込み、
「誰でも、一瞬の間に林さんを好きになる。」
宇野千代 宇野千代全集 第9巻 中央公論新社 226ページ
ような人物でした。
初対面の宇野千代に突然酒を勧めた出来事も、こうした林芙美子の人柄を表す一例として振り返っています。
宇野千代は、林芙美子ほど「素朴な人間の心臓まで」つかむことのできる人は、めったにいないとも評しました。
林芙美子の「漢口一番乗り」にも人を引きつける力を見る
「林芙美子さん」では、日中戦争中の林芙美子の従軍についても触れています。
林芙美子は従軍記者として中国へ渡り、「漢口一番乗り」と呼ばれた行動によって大きな注目を集めました。
宇野千代はニュース映画に映った林芙美子の従軍姿を見て、その表情にも人の心を一目でとらえるような力を感じたと振り返っています。
宇野千代にとって、初対面のときに感じた林芙美子の人を引きつける力は、従軍記者として行動する姿にも共通するものでした。
宇野千代は林芙美子の小説をどう評価した?
宇野千代は「林芙美子さん」で、林芙美子という人物を高く評価する一方、その小説については率直な意見も残しています。
林芙美子の人柄と作品を無条件に称賛するのではなく、同じ作家として林芙美子の作品を見ていました。
「賛成し難いものを感じる」
宇野千代は林芙美子の小説について、特に当時の「最近の仕事」に対し、
「賛成し難いものを感じる」
宇野千代 宇野千代全集 第9巻 中央公論新社 227ページ
とも書いています。
一方で、林芙美子の小説には、わずか一行で読者の心をつかんでしまうような部分があることも認めています。
人と会えば瞬時にその心へ飛び込んでいく林芙美子と、一行で読者の心をつかむ林芙美子の小説。
宇野千代は、人間としての林芙美子と作家としての林芙美子の双方に、人を引きつける共通した力を見ていたと考えられます。
林芙美子の「激しい征服欲」に注目
宇野千代は随筆の終盤で、林芙美子の「あの激しい征服欲」を「まるでタンクのよう」と表現しています。
ただし、それを否定的な意味だけで捉えていたわけではありません。
宇野千代は、林芙美子が作家としてそれまで歩いてきた道の高さや険しさを知り、そこから新しい方向を見定めていくことを期待していました。
そして、芸術家としての林芙美子には、まだ険しい道が続いており、それだからこそ「真に愉しい道」があるだろうと記しています。
宇野千代は林芙美子の人間的な魅力を認めながら、同じ作家として、その先の創作活動にも注目していたことが分かります。
1951年:林芙美子の急逝に宇野千代が衝撃
林芙美子は1951(昭和26)年、48歳で急逝しました。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜では、この年の宇野千代の出来事として林芙美子の死が記され、「その死に衝撃を受ける」とされています。
出会いから20年以上後に林芙美子が死去
宇野千代が林芙美子を初めて見たと考えられる1928(昭和3)年頃から、林芙美子が亡くなった1951(昭和26)年までは20年以上が経過しています。
その間、宇野千代は林芙美子の作品を批評し、座談会で同席し、林芙美子について一篇の随筆も残しました。
林芙美子の急逝に宇野千代が衝撃を受けたという年譜の記述からも、林芙美子が宇野千代にとって長年にわたり意識する同時代の作家だったことがうかがえます。
ブラッサム 森佐代子のモチーフは林芙美子
NHKの朝ドラ「ブラッサム」には、堀田真由さんが演じる作家・森佐代子(もりさよこ)が登場します。
NHKは森佐代子について「強く生きる女性の姿を作品に書き、多くの共感を集める人気作家」と紹介。
堀田真由さんもNHKの発表で、森佐代子のモチーフとなった人物が林芙美子であることを明らかにしています。
堀田真由さんは森佐代子について、林芙美子の歩みを知るほど、自分の感覚を曲げず、弱さや苦しさも自分の人生として受け止める姿に惹かれたとコメントしています。
史実でも宇野千代と林芙美子は昭和初期から交流し、宇野千代は林芙美子の作品を批評するとともに、その人柄や作家としての魅力について文章を残しています。
森佐代子と葉野珠の関係には、こうした宇野千代と林芙美子の交流がどのように反映されるのかも見どころとなりそうです。
→ ブラッサム 森佐代子(堀田真由)とは?(準備中)
→ ブラッサム 登場人物のモデル一覧
宇野千代 林芙美子 関連記事
森佐代子とは
森佐代子(もりさよこ)は、朝ドラ「ブラッサム」に登場する人気作家で、堀田真由さんが演じます。
NHKは森佐代子について「強く生きる女性の姿を作品に書き、多くの共感を集める人気作家」と紹介。
堀田真由さんのコメントでは、森佐代子のモチーフとなった人物が林芙美子であることも明らかにされています。
史実の宇野千代と林芙美子も昭和初期から交流しており、宇野千代は林芙美子の小説を批評したほか、その人柄や作家としての魅力について随筆を書き残しました。
ドラマでは、主人公・葉野珠と森佐代子が作家仲間としてどのような影響を与え合うのかも注目されるでしょう。
→ ブラッサム 森佐代子(堀田真由)とは?(準備中)
ブラッサム モデル一覧
朝ドラ「ブラッサム」には林芙美子をモデルとした森佐代子以外にも、実在した人物をモデルにしたキャラクターが登場します。
その一覧について、下記の記事でまとめています。
ブラッサム モデル 宇野千代 関連記事
宇野千代とは?
朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代の生涯を紹介します。
→ 宇野千代とは誰?
宇野千代の年表
宇野千代の生涯や文学者・芸術家たちとの出会いを年代順に紹介します。
→ 宇野千代の年表
宇野千代の人間関係
実在した宇野千代が交流した代表的な文学・芸術関係者については、下記の記事でまとめています。
ブラッサム 作品紹介
朝ドラ「ブラッサム」とは?
作品概要やキャスト、主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代について紹介します。
ブラッサム あらすじ
朝ドラ「ブラッサム」の最新週から1週までのあらすじを随時更新します。
ブラッサム ネタバレ最終回まで
朝ドラ「ブラッサム」の最終回までの展開や主要人物の結末について紹介します。
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
