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宇野千代と吉屋信子の関係とは?1924年の出会いと作家として受けた影響を解説

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朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠(石橋静河)のモデルとなった宇野千代(1897~1996年)は、少女小説「花物語」などで知られる作家・吉屋信子(1896~1973年)と長年にわたって親しく交流しました。

二人が親しくなったのは1924(大正13)年秋。宇野千代が東京・大森不入斗(いりやまず)に住んでいた吉屋信子のもとを訪ねたことがきっかけです。

当時の宇野千代は、吉屋信子の財布に紙幣や市電・バスの回数券などがきちんと用意されているのを見て、「文士は行き当りばったりに生活するもの」という自分の考えを見直すことになります。

その後も二人の交流は続き、1928(昭和3)年には宇野千代が吉屋信子の渡欧歓送会に出席。1939(昭和14)年に4番目の夫である北原武夫と結婚した際には、吉屋信子が藤田嗣治とともに媒妁役を務めました。

また朝ドラ「ブラッサム」には、吉屋信子をモデルとした人気作家・土橋風子(尾野真千子)が登場します。

この記事では、宇野千代と吉屋信子の1924年の出会いや二人の交流、宇野千代が吉屋信子の生き方から受けた影響などを紹介します。

宇野千代とは何をした人?
宇野千代の年表
→ ブラッサム 土橋風子(尾野真千子)とは?
ブラッサム 登場人物のモデル一覧

目次

結論|宇野千代と吉屋信子は1924年から長年にわたって親しく交流した

宇野千代と吉屋信子が親しく交流するようになったのは、1924(大正13)年秋です。

宇野千代が東京・大森不入斗に住んでいた吉屋信子のもとを訪ねたことをきっかけに、二人は親しく往来するようになりました。

当時の吉屋信子は「花物語」などで知られる人気作家でした。

宇野千代は吉屋信子の財布に紙幣や市電・バスの回数券などがきちんと用意されているのを見て、その生活ぶりに強い印象を受けています。

それまで抱いていた「文士は行き当りばったりに生活するもの」という考えを見直し、作家であっても生活上の確固とした用意をするべきだと考えるようになりました。

その後も二人は交流を続け、1939(昭和14)年に宇野千代が北原武夫と結婚した際には、吉屋信子が画家・藤田嗣治とともに媒妁役を務めています。

宇野千代にとって吉屋信子は、若い頃に「作家と生活」のあり方について考えるきっかけを与え、その後も長年にわたって親しく交流した女性作家でした。

宇野千代とは何をした人?
宇野千代の年表
→ ブラッサム 土橋風子(尾野真千子)とは?

宇野千代と吉屋信子は1924(大正13)年から親しく交流した

宇野千代は1897(明治30)年生まれ、吉屋信子は1896(明治29)年生まれで、年齢は1歳しか違いません。

宇野千代と吉屋信子が親しく交流するようになった時期は、1924(大正13)年秋からです。

吉屋信子は人気作家で宇野千代は新進気鋭の作家だった

しかし当時の吉屋信子は、少女小説「花物語」などを発表し、すでに人気作家として活躍していました。

一方の宇野千代も、1921(大正10)年に「脂粉の顔」で作家として認められ、1922(大正11)年には「墓を発く」が「中央公論」に掲載されるなど、小説家として歩み始めていました。

宇野千代とは何をした人?

宇野千代が大森不入斗の吉屋信子を訪ねた

宇野千代全集 第12巻」の年譜によると、1924(大正13)年秋、宇野千代は東京・大森不入斗(いりやまず)(現在の東京都大田区大森本町・大森北付近)に住んでいた吉屋信子のもとを訪ねました。

年譜によると、

この秋、千代は大森不入斗(いりやまず)に住んでいた吉屋信子のもとを訪れ、以後二人は親しく往来するようになった。

宇野千代 宇野千代全集 第12巻 随筆 中央公論新社 273ページ

と記されています。

これをきっかけに、宇野千代と吉屋信子は親しく往来するようになりました。

吉屋信子は若い宇野千代の姿を覚えていた

吉屋信子も、当時の宇野千代について後年まで具体的に記憶していました。

宇野千代全集 第12巻」に収録されている年譜で1924(大正13)年の項には、吉屋信子による当時の宇野千代の回想が収録されています。

その吉屋信子によると、当時、宇野千代は茄子紺の着物をまとい、明治調の「S巻」に似た髪型に結い上げ、珊瑚の簪を挿していたと説明されています。

さらに顔立ちについても、「瓜実型の日本的美女」を思わせる姿だったと振り返っています。

宇野千代の服装や髪型まで吉屋信子が具体的に覚えていたことからも、若き日の宇野千代が強い印象を残したことがうかがえます。

宇野千代は吉屋信子の生活ぶりに強い印象を受けた

宇野千代自身も「宇野千代全集 第12巻」に収録された「私の文学的回想記」で、吉屋信子と知り合った頃のことを振り返っています。

そこで宇野千代が印象的な出来事として取り上げているのが、吉屋信子の財布を見たときのことです。

宇野千代は、吉屋信子がお金をたくさん持っていることを羨ましく思ったのではありません。

生活に必要なものをあらかじめ準備している吉屋信子の姿を見て、自分がそれまで抱いていた「文士の生活」に対する考え方そのものを見直すことになります。

吉屋信子の財布には紙幣や回数券が用意されていた

宇野千代は吉屋信子の財布の中に、紙幣や回数券が入っているのを目にしました。

当時は市電やバスを利用するときに使う回数券があり、吉屋信子はそれらを必要なときに使えるよう、あらかじめ財布に用意していました。

宇野千代にとって、そのような吉屋信子の生活ぶりは新鮮なものでした。

「私の文学的回想記」で宇野千代は、

吉屋信子の財布の中で見た、紙幣や回数券が羨しかったのではありません。

宇野千代 宇野千代全集 第12巻 随筆 中央公論新社 152ページ

と振り返っています。

宇野千代が強く惹かれたのは財布の中のお金そのものではなく、必要なものをきちんと準備して暮らす吉屋信子の生活に対する姿勢でした。

「文士は行き当りばったりに生活するもの」という考えを見直した

当時の宇野千代は、作家や文士というものについて「行き当りばったりの生活をするもの」という考えを持っていました。

吉屋信子と出会った頃の宇野千代は、2番目の夫・藤村忠と離婚し、のちに3番目の夫となる尾崎士郎と「馬込文士村(現在の東京都大田区南馬込)」で同棲生活を送っていた時期です。

宇野千代が抱いていた「文士は行き当たりばったりに生活するもの」というイメージの背景には、尾崎士郎をはじめ、当時身近にいた文士たちの生活もあったのかもしれません。

しかし、同じ作家でも吉屋信子の生活は違っていました。

吉屋信子は日常生活に必要なものをあらかじめ用意し、生活を整えたうえで作家として活動していました。

その姿を目の当たりにした宇野千代は、

文士と言うものは、行き当りばったりの生活をするものだ

宇野千代 宇野千代全集 第12巻 随筆 中央公論新社 152ページ

という考えは、単なる「文士の思い上り」や「迷信」に過ぎないのではないかと考えるようになります。

宇野千代の年表
藤村忠とは?宇野千代の2番目の夫
尾崎士郎とは?宇野千代の3番目の夫

吉屋信子との出会いで「作家と生活」のあり方を考え直した

吉屋信子の姿は、宇野千代に「作家として生きること」と「日常生活を整えること」は両立できると気づかせるきっかけになりました。

宇野千代は「私の文学的回想記」で、文士であっても生活上の確固とした用意をするべきであり、それによって作品が駄目になるわけではないという考えを述べています。

つまり宇野千代にとって吉屋信子は、同世代の人気作家というだけの存在ではありませんでした。

吉屋信子の生活を実際に目にしたことで、それまで自分が持っていた「文士らしい生き方」という固定観念を見直すことになったのです。

宇野千代は1928年に吉屋信子の渡欧歓送会へ出席

1924年に始まった宇野千代と吉屋信子の交流は、その後も続きました。

1928(昭和3)年には吉屋信子がヨーロッパへ向かうことになり、同年9月、東京・上野精養軒で渡欧歓送会が開かれました。

この歓送会には宇野千代も出席しています。

「女人芸術」が吉屋信子の渡欧歓送会を開催

吉屋信子の渡欧歓送会を主催したのは、女性による文芸雑誌「女人芸術」でした。

宇野千代全集 第12巻」の年譜にも、1928年9月に「女人芸術」主催による吉屋信子の渡欧歓送会が上野精養軒で開かれ、宇野千代が出席したことが記されています。

1924年に吉屋信子の自宅を訪ねて親しくなってから4年。

宇野千代は、海外へ旅立つ吉屋信子を送り出す女性作家や文化人たちの中に加わっていました。

宇野千代は藍染浴衣姿で会場の注目を集めた

この日の宇野千代の服装についても、年譜には具体的な記録が残されています。

宇野千代は素足に白い縮緬の大柄の藍染浴衣という姿で歓送会に現れ、会場に集まった人々の目を奪ったとされています。

宇野千代と吉屋信子は作家としても交流した

宇野千代と吉屋信子の関係は、私生活で親しく往来するだけではありませんでした。

二人はともに昭和を代表する女性作家として活動し、雑誌など文学活動の場でも接点を持っています。

「スタイル」で「往復『私の手紙』吉屋信子・宇野千代」を発表

宇野千代が創刊した雑誌「スタイル」の1939(昭和14)年11月号には、「往復『私の手紙』吉屋信子・宇野千代」が掲載されました。

宇野千代と吉屋信子という二人の名前を掲げた往復形式の文章が、宇野千代自身が手がける雑誌に掲載されたことになります。

1924年に始まった二人の交流は、個人的な付き合いだけでなく、それぞれが作家として活動する場にも広がっていました。

宇野千代と「スタイル」とは?

「婦人公論」の女流作家座談会にも二人で参加

宇野千代と吉屋信子は、「婦人公論」の1939(昭和14)年3月号の座談会にも一緒に参加しています。

「谷崎潤一郎氏を囲んで―一流女流作家座談会」と題された企画で、宇野千代は森田たま、吉屋信子とともに出席しました。

二人は個人的に親しく交流する一方、同じ時代の文壇で活躍する女性作家として、雑誌の企画などでも顔を合わせる関係だったのです。

吉屋信子は宇野千代と北原武夫の結婚で媒妁役を務めた

宇野千代と吉屋信子の親交の深さを示す出来事の一つが、1939(昭和14)年の宇野千代と北原武夫の結婚です。

宇野千代が吉屋信子を初めて訪ねてから、およそ15年後のことでした。

宇野千代は1939年に北原武夫と結婚

1939(昭和14)年4月1日、宇野千代は作家・北原武夫と結婚。

二人は帝国ホテルで披露宴を開き、その様子は新聞などでも大きく報じられました。

宇野千代にとって北原武夫との結婚は、私生活だけでなく当時の文壇や世間からも注目を集める出来事となりました。

北原武夫とは?宇野千代の4番目の夫

吉屋信子と藤田嗣治が媒妁役になった

宇野千代と北原武夫の結婚で媒妁役を務めたのが、吉屋信子と画家・藤田嗣治でした。

吉屋信子は、単に同じ文壇で顔を合わせる女性作家だったのではありません。

1924年から親しく往来を続け、宇野千代の結婚では媒妁を務めるほど身近な存在になっていました。

宇野千代と吉屋信子の関係が長年にわたる個人的な親交でもあったことを示す、象徴的な出来事といえます。

宇野千代にとって吉屋信子とは?

宇野千代と吉屋信子は年齢が1歳しか違わない、ほぼ同世代の女性作家でした。

しかし、1924年に親しくなった頃の宇野千代にとって、吉屋信子は自分とは異なる「作家としての生き方」を実践している人物でもありました。

吉屋信子は生活に必要なものをあらかじめ準備し、日々の生活を整えながら作家として活動していました。

その姿を見た宇野千代は、それまで自分が抱いていた「文士は行き当りばったりに生きるもの」という考えを見直しています。

その後も二人の関係は続き、宇野千代は吉屋信子の渡欧歓送会に出席し、二人の往復文も発表されました。

そして宇野千代が北原武夫と結婚した際には、吉屋信子が媒妁役を務めています。

宇野千代にとって吉屋信子は、若い頃に作家と生活のあり方について考えるきっかけを与え、その後も長年にわたって親しく交流した女性作家だったといえるでしょう。

ブラッサムでは吉屋信子をモデルとした土橋風子が登場

朝ドラ「ブラッサム」には、吉屋信子をモデルとした女性作家・土橋風子(尾野真千子)が登場します。

NHKによると、土橋風子は「少女小説」でブレイクした人気作家で、時代の常識に縛られず自らの信念を貫く人物です。

主人公・葉野珠は土橋風子に憧れを抱き、女性作家としての「凄み」を最初に意識することになります。

葉野珠のモデルとなった史実の宇野千代も、1924年に吉屋信子のもとを訪ね、その生活ぶりから強い印象を受けました。

その後、二人が長年にわたって親しく交流したことも「宇野千代全集 第12巻」の年譜などから確認できます。

ただし、史実の宇野千代と吉屋信子の関係が、そのまま葉野珠と土橋風子の物語として描かれるとは限りません。

「ブラッサム」で葉野珠が土橋風子とどのように出会い、その生き方から何を感じ取るのかは、史実の宇野千代と吉屋信子の関係と比較しながら注目したいポイントです。

→ ブラッサム 土橋風子(尾野真千子)とは?

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土橋風子とは?

朝ドラ「ブラッサム」に登場する土橋風子(尾野真千子)は、「少女小説」でブレイクした人気作家です。

土橋風子のモデルは、宇野千代と1924(大正13)年から親しく交流した作家・吉屋信子です。

主人公・葉野珠は土橋風子に憧れを抱き、女性作家としての「凄み」を最初に意識することになります。

土橋風子の役どころや吉屋信子との共通点、演じる尾野真千子さんについては下記の記事で紹介しています。

→ ブラッサム 土橋風子(尾野真千子)とは?モデルは吉屋信子

ブラッサム モデル一覧

朝ドラ「ブラッサム」には吉屋信子をモデルとした土橋風子以外にも、実在した人物をモデルにしたキャラクターが登場します。

その一覧について、下記の記事でまとめています。

ブラッサム 登場人物のモデル一覧

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ブラッサム 最終回までの展開や主要人物の結末

参考文献

今回の記事は以下の書籍を参考としています。

著:宇野 千代, 著:小林庸浩 ほか, 著:小林庸浩 ほか
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KADOKAWA
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著:工藤美代子
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