風、薫る 直美のモデル鈴木雅と鈴木良文について
鈴木雅とは
NHKの2026年前期朝ドラ「風、薫る」で主人公の1人である大家直美(上坂樹里)のモデルは、鈴木雅(すずきまさ)(1857~1940年)さんです。
鈴木雅さんは明治時代に「トレインドナース」となり、日本で最初の派出看護婦会である「慈善看護婦会(東京看護婦会)」を設立。大関和さんと同じく、明治・大正期を通じて偏見の多かった看護婦という職業の確立に多大な貢献をされました。
鈴木雅の結婚歴
鈴木雅さんは両親の加藤信盛と加藤トモのすすめにしたがってお見合いをし、1880(明治13)年ごろ陸軍少佐・鈴木良文と結婚。一男一女の合計2人の子供(鈴木みつと鈴木良一)をもうけます。
鈴木良文のモデル
朝ドラ「風、薫る」において鈴木良文少佐のモデルとなっている人物は、藤原季節さんが演じる小日向栄介(こひなたえいすけ)であると考えられます。
とある場所で直美と“運命的な”出会いをする青年。アメリカ帰りの海軍中尉。
鈴木雅は夫・鈴木良文と死別
鈴木雅は夫・鈴木良文と離婚ではなく死別をしていた
鈴木良文陸軍少佐は、鈴木雅さんと結婚する前に勃発した西南戦争(1877年1月~9月)において政府軍の大隊長として出征していました。鈴木少佐はその戦闘中に大腿部に銃弾を受け負傷。
その後、鈴木少佐は大津の連隊で勤務をするものの、その銃創が悪化して1883(明治16)年に死去。鈴木雅さんは2人の子供たち(鈴木みつさんと鈴木良一さん)とともに遺族として残されることに。
このことから朝ドラ「風、薫る」の大家直美のモデルとなっている鈴木雅さんは、離婚をしたのではなく、死別のため夫と別れることになったのです。
なお鈴木少佐は西南戦争の戦闘中に負傷したことが原因で亡くなったため、鈴木雅さんを始めとした遺族たちには生活をするのに困らない程度の恩給(軍人用の年金)が支給されていたようです。
夫の死をきっかけにトレインドナースを志した鈴木雅
ただ朝ドラ「風、薫る」の原案となった「明治のナイチンゲール 大関和物語」によると、鈴木雅さんにとって鈴木良文少佐との死別は、トレインドナースとしての看護の技術を獲得することと、経済的な自立を促すきっかけとなったようです。
「でも、夫は銃創が原因で床につくようになり、四年前に亡くなりました。私は欧米のトレインド・ナースの存在を知っていたので、もし私に看護の技術があれば、夫は最後の時間をもっと安らかに過ごせたのではないかと悔やみました。それに、夫の恩給で生活は成り立ちますが、自立したいという気持ちもありました。
風、薫る 直美 離婚 理由 関連記事と参考文献
風、薫る 直美 離婚 理由 関連記事
朝ドラ「風、薫る」の主人公たちのモデルとなった大関和さんが離婚したことや、鈴木雅さんが夫と死別したことについては下記の記事でも言及しています。
風、薫る りん 離婚 理由 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考文献としています。
- 亀山美知子 大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語 ドメス出版
- 田中ひかる 明治のナイチンゲール 大関和物語 (中公文庫)
- 宮田茂子 《新装版》「大関和」を通して見た日本の近代看護【真説】国家的セクハラを受けた職業集団 星湖舎
