風、薫る 安(やす)のモデル 大関釛(おおぜきこく)について
大関和の妹・大関釛(おおぜきこく)とは
NHKの2026年前期朝ドラ「風、薫る」で早坂美海さんが演じる一ノ瀬安のモデルとなった大関釛さんとは、主人公の1人である一ノ瀬りんのモデルとなった大関和さんの妹にあたる女性です。
大関和さんは明治時代に「トレインドナース」となり、明治・大正期を通じて偏見の多かった看護婦という職業の確立に多大な貢献をされました。その活躍から大関和さんは「明治のナイチンゲール」とも呼ばれています。
大関釛の結婚歴
1884(明治17)年、栃木県烏山町(現在の栃木県那須烏山市)に住んでいた川原健次郎(かわはらけんじろう)さんと結婚。
大関釛さんは「川原釛」と名前が変わり、川原健次郎さんとの間の子供として、諭(さとし)さんと博巳(ひろみ)さんの2人の男の子を出産。
大関釛と川原健次郎の次男・川原博巳と大関和さんとの関係
川原健次郎とは
大関釛さんの結婚相手となった川原健次郎さんは、「大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語」には栃木県烏山町(現在の那須烏山市)の出身と書かれているだけです。
川原健次郎さんがどんな人物で何の職業に就いていたかなど、詳細について言及されていません。
また朝ドラ「風、薫る」の原案となった「明治のナイチンゲール 大関和物語」では「川原健次郎」という名前も登場しません。
ただ川原健次郎さんの出身である栃木県烏山町とは、江戸時代中期から幕末期にかけて譜代大名の大久保家が治める烏山藩があった町です。その藩主・大久保家は大関釛さんの母・大関哲さんの実家でした。
そのことを考慮すると川原健次郎さんは、ひょっとすると烏山藩の大久保家と何らかのつながりがある人物だったのかもしれません。
川原健次郎・釛夫妻の次男・川原博巳が上京
朝ドラ「風、薫る」の主人公の1人である一ノ瀬りんのモデルとなった大関和さんからすると、大関釛さんと川原健次郎さんの結婚についてより重要なことは、彼らの次男である川原博巳さんの存在です。
1909(明治42)年に夫・川原健次郎さんが亡くなった後、1912(明治45)年ごろ、釛さんは息子の博巳さんを伴って上京。博巳さんを東京専門学校(現在の早稲田大学)の英文科に入学させるためです。
このとき釛さんと博巳さんは姉である大関和さんの家に留まって、釛さんが東京における大関家の家事を一手に引き受けます。
川原博巳の妻・川原貞(旧姓: 鹿内)が大関看護婦会の経営を引き継ぐ
1921(大正10)年、釛さんの息子である川原博巳さんは、鹿内貞(しかうちてい)さんという女性と結婚。鹿内貞さんは東京看護婦学校を卒業するにあたって、大関和さんが世話をした女性でした。
温和でしっかりした性格であることを見込まれた鹿内貞さんは、大関和さんに甥にあたる川原博巳さんの嫁になってほしいと泣いて頼まれます。
突然の申し出に気が動転した鹿内貞さんですが、結局は大関和さんに押し切られて、新聞記者となっていた川原博巳さんと結婚。
ちなみに貞さんは1929(昭和4)年に大関和さんから派出看護婦会の「大関看護婦会」の後継者に指名され、1年間だけ会の運営に携わることにもなります。
風、薫る 安(やす) 結婚相手 関連記事と参考文献
風、薫る 安(やす) 結婚相手 関連記事
朝ドラ「風、薫る」で早坂美海さんが演じる一ノ瀬安のモデルと考えられる大関釛さんについては、下記の記事でも言及しています。
また大関釛さんの姉にあたる大関和さんを中心とした大関家の家系図は下記の記事で説明されています。合わせて参考にしてください。
風、薫る 安(やす) 結婚相手 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考文献としています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」は朝ドラ「風、薫る」の原案になっています。
- 亀山美知子 大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語 ドメス出版
- 田中ひかる 明治のナイチンゲール 大関和物語 (中公文庫)
- 宮田茂子 《新装版》「大関和」を通して見た日本の近代看護【真説】国家的セクハラを受けた職業集団 星湖舎
