帝都医科大学附属病院は、この後どうなるのか気になりますよね。
結論から言うと、りんと直美の成長の舞台である一方、史実では大関和が退職する“転機の場所”になる可能性があります。
まず全体像を押さえたい方はこちら
→ 帝都医科大学附属病院とは?基本解説はこちら
つまりこの病院は、
・成長の舞台(看護実習・就職)
・対立の舞台(医師と看護の衝突)
・転機の舞台(将来の選択につながる可能性)
という複数の役割を持つ、物語の重要なポイントです。
本記事では、ドラマの展開予想と史実の両面から、この病院で何が起きるのかを整理していきます。
▼要点まとめ
・第7週から実習の舞台として登場
・第13週以降は勤務先になる
・史実では医師との対立をきっかけに退職という展開
また、この展開は以下の要素と密接に関係しています。
→ バーンズ役のエマ・ハワードとは誰?
→ バーンズのモデルのアグネス・ヴェッチとは?
→ バーンズはどうなる?結末ネタバレ
さらに史実ベースで深く知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
→ 帝都医科大学附属病院のモデルと史実
これらをあわせて読むことで、「なぜこの病院が重要なのか」まで理解できるはずです。
結論:実習と勤務先の舞台だが史実では退職という転機を迎える
- りん・直美が看護婦(看護師)として成長する重要な舞台
- しかし史実ではモデル・大関和は医師たちと対立
- 大関和は最終的に退職し鈴木雅ものちに退職
帝都医科大学附属病院はどうなる?【展開まとめ】
看護実習の中心舞台として描かれる
帝都医科大学附属病院は、「風、薫る」の第7週から始まる看護実習の舞台として本格的に登場。
ここでは、梅岡女学校付属看護婦養成所で学んできた知識を、実際の医療現場でどのように活かすのかが描かれ、りんと直美にとって最初の大きな試練の場となります。
患者への対応や医師との関わりなど、教室では学べなかった現実に直面することで、看護婦としての基礎が形づくられていくでしょう。
就職先として重要な位置づけになる
看護実習を経たりんと直美は、帝都医科大学附属病院で看護婦として勤務することになります。
これは単なる就職ではなく、当時としては最先端の医療機関に身を置くことを意味しており、彼女たちが本格的に医療の現場に関わっていく転機です。
また、ここでの経験がその後の進路や価値観にも大きな影響を与えるため、物語全体を通して重要な役割を持つ舞台となっています。
物語後半の転機となる舞台
帝都医科大学附属病院は、物語後半において単なる成長の場ではなく、「転機の舞台」として機能していきます。
史実では、大関和さんが医師たちとの対立の中で退職に追い込まれる展開があり、ドラマでも同様に、医療現場の構造や人間関係が大きく揺らぐ場面が描かれる可能性があります。
そのため、この病院は成功や成長だけでなく、葛藤や決断を描く重要な舞台となるでしょう。
風、薫るで帝都医科大学附属病院はどう描かれる?
看護実習の現場としての役割
帝都医科大学附属病院は、看護教育を実践する場として描かれます。
ここでは、患者の看護だけでなく、衛生管理や環境整備といった近代看護の基本が重視され、りんたちは理論と実践の両面から学んでいくことになります。
単なる「仕事の場」ではなく、看護という職業の本質を体得する場所として位置づけられるでしょう。
看護婦と看病婦の違い
ドラマでは、「看護婦」と「看病婦」という2つの存在が明確に描き分けられます。
看護婦は、教育と訓練を受けた専門職としての立場を持つのに対し、看病婦は技能はあっても看護の専門教育を受けていません。
さらに「賤業」として世間から見下される存在として、明治時代特有の偏見を表す存在として描かれるでしょう。
看護婦と看病婦の関係性
「風、薫る」における看護婦と看病婦の関係は、緊張の関係でした。しかし第9週あたりから、お互いの立場や出身を尊敬し合う関係へと徐々に変化します。
こうした看護婦と看病婦の関係変化は、第13週以降において、主人公・一ノ瀬りんと大家直美の運命を大きく変えるものと考えられるでしょう。
大関和はなぜ病院を退職することになったのか(史実)
根回しなしで外科教授に「建議書」を提出とした史実
1890(明治23)年9月、大関和(「風、薫る」の一ノ瀬りんのモデル)さんは、上司にあたる外科教授・佐藤三吉(今井益男のモデル)に建議書を提出。
その建議書とは、自身の部下にあたる看病婦たちの労働待遇の改善を要求する内容でした。
看病婦の労働問題
大関和さんが帝国大学医科大学附属第一医院の看病婦取締(現在の看護師長)の職に就いていた当時、同病院では「看病婦」と呼ばれる、正規の教育や訓練を経ずに患者の看護をする女性たちが大勢、看護の仕事に従事していました。
この看病婦たちが、大関和さん・鈴木雅(大家直美のモデル)さん・桜川里以(玉田多江のモデル)に憧れて、正規のルートを経て看護婦になれるよう、同病院で行われる看病法の講習(看護の専門教育)を受け始めたのです。
しかし、看病婦たちが「看病法の講習を受ける」と言っても日中の看護業務を軽減してもらったわけではありません。日中は今まで通りの仕事をして、夜中に勉強をするというのが実態だったようです。
そのため看病婦たちはやがて疲れ果ててしまい、かえって仕事のやる気を消失させてしまうという悪循環に陥っていました。
そこで看病婦たちの上司にあたる大関和さんは、自分の上司にあたる佐藤三吉教授に建議書を提出。
主な内容は、当直制となっていた看病婦のシフトを夜と昼とのに交代制にして休憩時間も確保してほしいというものでした。
退職に至る経緯と退職後の大関和
近代看護教育について、詳述した「大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語」に全文が掲載された、漢文調の建議書は筋が通り、さすがは「家老の娘」が書いたという立派な文章です。
しかし、問題は提出の仕方です。実は、大関和さんはこの建議書を周囲にいたはずの外科の医師たちに、一切相談することなく佐藤教授に提出していました。
このことを医師たちから問題視され、やがて大関和さんは帝国大学医科大学附属第一医院を追い出されるように退職することとなります。
退職後の帝国大学医科大学附属第一医院
鈴木雅の動き
大関和さんが帝国大学医科大学附属第一医院を退職したのは、1890(明治23)年9月ごろです。鈴木雅さんは、その翌年にあたる、1891(明治24)年2月に同病院を退職。
桜井女学校と桜井女学校附属看護婦養成所の経営者である。マリア・T・ツルー(「風、薫る」のメアリーのモデル)が病気療養を兼ねてアメリカに一時帰国するため、その付き添いとしてアメリカまで同行。
現地に着いたのちに看護学の研究に従事することを決意します。
→ 桜井女学校がモデル 梅岡女学校とは?モデル・史実・役割を解説
→ 桜井女学校附属看護婦養成所がモデル 梅岡女学校付属看護婦養成所とは?モデル・史実・役割を解説
桜川里以の動き
鈴木雅さんが退職したのち、桜川里以も帝国大学医科大学附属第一医院を退職。
これで桜井女学校附属看護婦養成所を卒業した3人のトレインドナースたちはすべて、帝国大学医科大学附属第一医院からいなくなりました。
桜川里以は、その後、キリスト教系の聖慈病院や赤坂病院での勤務を経て、ツルーが設立した療養施設「衛生園」において看護婦として働くことになります。
帝都医科大学附属病院の今後の展開(ドラマ予想)
りん・直美の成長の舞台
帝都医科大学附属病院は、りんと直美が看護婦として自立していくための最大の成長の場となります。
実習から勤務へと段階が進むにつれて、責任の重さや判断の難しさに直面しながら、2人はそれぞれの看護観を築いていくことになるでしょう。
医療と看護の対立と変化
物語が進むにつれて、医師中心の医療体制と看護の役割との間にある摩擦がより明確に描かれていくと考えられます。
史実でも見られたように、看護の専門性や労働環境をめぐる問題は無視できないものとなり、病院内部の関係性に変化をもたらしていきます。
この対立こそが、近代看護が確立されていく過程の一部として描かれる重要なテーマとなります。
風、薫るの最終回に向けた役割
帝都医科大学附属病院は、物語終盤に向けて「看護のあり方」を問い直す舞台として機能していくと考えられます。
りんと直美がどのような選択をし、どのように医療と向き合うのか、その方向性を決定づける重要な場所になるでしょう。
ドラマと史実の違い
実際の出来事とのズレ
ドラマ「風、薫る」は大関和さんや鈴木雅の人生を参考にしていますが、出来事の順序や細部の展開には違いが生じると考えられます。
史実と完全に一致するものとしてではなく、「史実をもとにした物語」として捉えることが重要です。
ドラマ的演出のポイント
ドラマでは、人物同士の対立や感情の動きが強調される傾向があります。
実際の歴史では制度や環境の問題として起きていた出来事も、ドラマでは個人の決断や対立として描かれることで、より分かりやすく、印象的な展開になります。
こうした演出によって物語性が高められている点を理解すると、史実との違いも含めて作品をより深く楽しむことができるでしょう。
まとめ|帝都医科大学附属病院は看護の転換点となる舞台
帝都医科大学附属病院は、りんと直美が看護実習を経験し、その後看護婦として働くことになる重要な舞台です。
しかし史実においては、「風、薫る」主人公のモデルとなった大関和は、病院内の制度や医師との関係の中で軋轢を生み、最終的に退職という選択をすることになります。
この流れは、当時の看護婦と看病婦を取り巻く厳しい環境や、医療現場における立場の違いを象徴する出来事でもあります。
ドラマでもこうした対立や変化がどのように描かれるのかが見どころとなり、帝都医科大学附属病院は単なる舞台ではなく、看護のあり方が問われる転換点として機能していきます。
今後の展開を追いながら、史実との違いにも注目していくと、より深く作品を楽しむことができるでしょう。
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風、薫る 帝都医科大学附属病院とは? 参考文献
なお今回の記事を作成するにあたって、下記の4冊の文献を参考にしています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」はNHKの朝ドラ「風、薫る」の原案となっている本です。
