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ブラッサム あらすじ 明治・大正・昭和・平成 宇野千代の人生

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目次

ブラッサム あらすじとコンセプト

ブラッサム あらすじ

NHKの2026年後期朝ドラ「ブラッサム」の制作が2025年5月29日に発表されました。石橋静河さん演じる葉野珠(モデルは宇野千代)を主人公とする「ブラッサム」のあらすじは以下の通りです。

明治三十年(1897年)、主人公・葉野珠(はの・たま)は山口県の岩国に生まれました。実母は珠が2歳の時に亡くなり、父と後妻である継母によって育てられました。女学校を卒業後、代用教員として働き始めますが解雇され、故郷の岩国を追われることになります。親戚を頼って上京したことで、珠は幼き日の夢を強く意識し、小説の懸賞応募から、作家の道を切り開きます。

しかし、世の中は価値観が大きく揺れ動く時代。
大正から昭和にかけて、関東大震災と戦争、結婚と離婚、倒産そして借金…と、珠は、さまざまな困難にのみ込まれながらも、作家として生きることに向き合います。そうした中で、小説家として花を咲かせるのです。

時には敵を作り誤解され、傷つけ傷つきながらも、自由を求めて生きることに正直であり続けた珠は、小説に思いを忍ばせることで、読む人に「幸せ」を運んでいくのです。

2026年度後期 連続テレビ小説「ブラッサム」制作・主演発表 | NHKドラマ

なおNHKの朝ドラ「ブラッサム」が実話かどうかについては「ブラッサム 実話 宇野千代の人生がモデル 葉野珠(石橋静河)」と言う記事で考察しています。合わせて参考にしてください。

ブラッサム コンセプト

「ブラッサム」の制作発表時にあらすじとともに明らかにされたドラマのコンセプトは以下の通りです。

好奇心旺盛で即行動する、パワフルでチャーミングな小説家
小説を書きたいという幼き日の夢を諦めず、故郷の山口・岩国を飛び出し
魅力的な人々との出会いによって、夢を手繰り寄せ、
大正・昭和の激動の時代へと突き進んでいきます

結婚に離婚、震災に戦争、倒産に借金と・・・波乱万丈に満ちた出来事が
幾度も押し寄せても、どんな苦難の中からも「幸せのかけら」を見つけ出し
小説を書くことを決してやめず、一流作家としての地位を確立します

戦後、女性たちからの圧倒的な支持をうけ
しなやかに、したたかに、愉快に生きながら
いまも現代人の背中を押してくれる強烈な言葉をのこした生涯 
日本の朝に「幸せ」をはこびます

2026年度後期 連続テレビ小説「ブラッサム」制作・主演発表 | NHKドラマ

ブラッサム 主人公・葉野珠 モデルは宇野千代

宇野千代とは

朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデルとなった、宇野千代(うのちよ)(1897~1996年)さんとは、明治時代に生まれ、大正・昭和・平成の3つ時代で活躍した日本の小説家・随筆家です。他にも編集者・実業家・着物デザイナーとしても知られています。

1921(大正10)年に「脂粉の顔」が「時事新報」の懸賞短編小説の一等に選ばれて小説家としてデビュー。それ以来、「色ざんげ(1935年)」・「おはん(1957年)」などの代表作を発表。

編集者・実業家としては1936(昭和11)年にスタイル社を創業し、日本初のファッション専門誌「スタイル」を創刊。また1949(昭和24)年には「宇野千代きもの研究所」を設立。1974(昭和49)年、勲三等瑞宝章を受賞。

宇野千代 年表

宇野千代さんの98年余にわたる人生を年表(年譜)にすると以下の通りとなります。朝ドラ「ブラッサム」のあらすじは宇野千代さんの年表をベースとして話が組み立てられると考えられるでしょう。

スクロールできます
西暦(和暦)年齢できごと
1897(明治30)年0才山口県玖珂郡横山村(現在の岩国市)で父・宇野俊次と母・トモの長女として誕生
1899(明治32)年2才母・宇野トモが死去
1900(明治33)年3才父・宇野俊次が佐伯リュウと再婚
1910(明治43)年13才岩国尋常小学校を卒業。岩国高等女学校(現在の山口県立岩国高等学校)に入学
1911(明治44)年14才従兄の藤村亮一と結婚(1回目の結婚)をするが10日ほどで実家に戻り離婚(1回目の離婚)
1913(大正2)年16才父・宇野俊次が死去
1914(大正3)年17才川上村の小学校で代用教員となる
1915(大正4)年18才同僚教師との恋愛が破綻し小学校を退職。京城(現在のソウル)に渡る
1917(大正6)年20才従兄の藤村忠とともに上京。食堂の給仕などを経験
1919(大正8)年22才藤村忠と結婚(2回目の結婚)。札幌に移住
1921(大正10)年24才「脂粉の顔」が「時事新報」の懸賞短編小説の一等に選ばれて小説家デビュー
1922(大正11)年25才上京中に尾崎士郎と出会う
1923(大正12)年26才馬込村(現在の東京都大田区)で尾崎士郎と同棲を開始
1924(大正13)年27才藤村忠と離婚(2回目の離婚)
1926(大正15)年29才尾崎士郎と結婚(3回目の結婚)
1927(昭和2)年30才川端康成に誘われて伊豆湯ヶ島に逗留。梶井基次郎たちと交流
1930(昭和5)年33才東郷青児と同棲を始める。尾崎士郎と離婚(3回目の離婚)
1934(昭和9)年37才東郷青児と別れる
1935(昭和10)年38才「色ざんげ」を刊行
1936(昭和11)年39才スタイル社を設立し日本初のファッション専門雑誌「スタイル」を創刊
1939(昭和14)年42才北原武夫と結婚(4回目の結婚)
1941(昭和16)年44才弟・光雄が亡くなる
1942(昭和17)年45才「人形師天狗屋久吉」を発表
1944(昭和19)年47才戦況の悪化に伴い「スタイル」が休刊
1946(昭和21)年49才「スタイル」が復刊
1947(昭和22)年50才「おはん」の連載開始
1949(昭和24)年52才「宇野千代きもの研究所」を設立
1951(昭和26)年54才継母・宇野リュウが死去
1952(昭和27)年55才スタイル社の脱税が明るみになり経営難に陥る
1957(昭和32)年60才「おはん」を刊行。第5回野間文芸賞を受賞
1959(昭和34)年62才スタイル社が倒産し多額の借金を背負う
1964(昭和39)年67才借金を全額返済。北原武夫と離婚(4回目の離婚)
1967(昭和42)年70才株式会社宇野千代を設立
1972(昭和47)年75才第28回芸術院賞を受賞
1974(昭和49)年77才勲三等瑞宝章を受賞
1975(昭和50)年77才「薄墨の桜」を刊行
1977(昭和52)年80才「宇野千代全集」の刊行が始まる
1982(昭和57)年85才第30回菊池寛賞を受賞。「生きて行く私」の連載が始まる
1990(平成2)年93才文化功労者として顕彰される
1996(平成8)年98才6月10日に急性肺炎のため東京・虎の門病院で死去

4回の結婚・離婚及び1回の同棲生活を経験した宇野千代

宇野千代さんはプライベートにおいて4回の結婚と離婚及び、1回の同棲生活を経験するなど恋多き人生を生きたことでも有名です。

「ブラッサム」が制作発表されたときのあらすじには結婚と離婚のことが触れられていることから、葉野珠の「結婚」と「離婚」についても「ブラッサム」のあらすじに大きく関わってくると考えられます。

そこで葉野珠のモデルとなった宇野千代さんの4回の結婚と離婚(藤村亮一・藤村忠・尾崎士郎・北原武夫)及び、1回の同棲生活(東郷青児)とは生活だったのか、下記の文章において紹介いたします。

宇野千代の結婚相手(4人)と同棲相手(1人)

1. 藤村亮一: 結婚期間(1911年)

宇野千代さんの1回目の結婚と離婚は1911(明治44)年。14才のときに父・宇野俊次の命令で、従兄の藤村亮一に嫁ぐことになります。

ある日、宇野千代さんの母方の伯母にあたる女性から「うちの家に遊びにおいで」と言われ、言われるままに遊びに行くことに。そして夜遅くなったところで亮一に送られて家に帰ってくると、「夜に男と歩いていてけしからん」という理由だけで宇野千代さんは従兄の藤村亮一と結婚することになったのです。

まだ10代前半だった宇野千代さんにとって、わけが分からない状況での結婚でした。嫁いですぐに実家が恋しくなり、結婚生活はわずか10日ほどで破綻することに。

2. 藤村忠: 結婚期間(1919~1926年)

2回目の結婚は1919(大正8)年。お相手は1回目の結婚と離婚を経験した藤村亮一の弟・藤村忠

宇野千代さんと藤村忠が親密になったきっかけは、1916(大正5)年ごろに亮一との1回目の結婚を斡旋した宇野千代さんの伯母が、京都の第三高等学校(現在の京都大学総合人間学部)で学生をしていた藤村忠と一緒に暮らしてやってほしいと声をかけられたことでした。

宇野千代さんは藤村忠さんとともに2年ほど京都に住んだのち、1917(大正6)年には忠が東京帝国大学(現在の東京大学)に進学したことに伴い上京。

さらに忠が帝大を卒業し、北海道拓殖銀行に就職が決まると宇野千代さんは忠とともに札幌へ移住。しかし1922(大正11)年、自身の小説が雑誌に掲載されるか否かを問い合わせるために札幌から上京したとき、後述する尾崎士郎と出逢います。

1923(大正12)年、東京府荏原郡馬込村(現在の東京都大田区南馬込)で尾崎士郎と同棲を開始したことで、宇野千代さんは藤村忠と2回目の離婚を経験することになりました。

3. 尾崎士郎: 結婚期間(1926~1930年)

3回目の結婚は1926(昭和2)年。お相手は藤村忠との婚姻中に出会った尾崎士郎でした。

1922(大正11)年、宇野千代さんは中央公論社(現在の中央公論新社)で名編集者と呼ばれた滝田樗陰(たきたちょいん)に「墓を発(あば)く」の作品を札幌から送ったところ、何の音沙汰もなかったため上京。

その上京中に宇野千代さんは尾崎士郎と出逢います。当時、尾崎士郎が投宿していた本郷の菊富士ホテルに同宿。まもなく馬込村で同棲を開始し、藤村忠がいる札幌に戻ることは二度とありませんでした。

私と尾崎士郎とが、諸々方々へ転々と引っ越して行くのを見て、いまの東京新聞、その頃の都新聞の学芸部長であった上泉秀信と言う人が、「そんなに方々へ転々としていては、金がかかる。僕がいま住んでいる馬込村で宜かったら、世話するから来たらどうか」と言ってくれた。その人の世話で、私たちは生まれて始めて、一面の大根畑であったその頃の馬込村へ住みつくことになったのであった。

宇野 千代. 生きて行く私 (角川文庫) (Function). Kindle Edition. No.1251

馬込村はいつしか「文士村」と呼ばれるようになり、宇野千代の名前をしたって文筆家が集まる、一種の「サロン」を形成していたと言われています。

なお宇野千代さんが尾崎士郎と離婚した年は1930(昭和5)年。同じ年に宇野千代さんは、洋画家の東郷青児と同棲を始めていました。

4. 北原武夫: 結婚期間(1939~1964年)

4回目の結婚は1939(昭和14)年。お相手は都新聞(現在の東京新聞)の記者・北原武夫でした。宇野千代さんと北原武夫が急接近した理由は、上述した「スタイル」誌の編集で北原武夫が協力をしたことです。

2人が結婚した当時、宇野千代さんは42才で、北原武夫は32才。「妻の方が10才も年上だった」ことや「4月1日のエイプリルフールに結婚式が行われる」ことで、世間からはジョークと受け止められたようですが、2人は真剣でした。

1946(昭和21)年には休刊していた「スタイル」誌を復刊させるなど、宇野千代さんと北原武夫のコンビは上手くい回ってましたが、1959(昭和34)年ごろ「スタイル社」が資金に詰まると、2人の仲は夫婦と呼べるようなものではなく、ただ借金を返すためだけの「戦友」に。

結局、宇野千代さんは1964(昭和39)年に北原武夫と離婚。4回目の離婚を経験することになりました。

東郷青児: 同棲期間(1930~1934年)

宇野千代さんは、尾崎士郎と3回目の離婚(1930年)から、北原武夫との4回目の結婚(1939年)の間に、洋画家の東郷青児と東京・世田谷の淡島(現在の東京都世田谷区代沢)において約4年にわたる同棲生活も経験しています。

宇野千代さんと出逢った1930(昭和5)年ごろの東郷青児は画家として不遇の時期にあり、ジャン・コクトーの「怖るべき子供たち」の邦訳をしたりするなど、売文生活で日々の暮らしを凌いでいる状況でした。

にも関わらず東郷は世田谷の淡島(現在の東京都世田谷区代沢)に約500坪の土地を借り、アトリエ付きの近代的な家を新築。その借金の返済にも苦しんでいました。

そこで宇野千代さんは二科会の会員になったばかりの東郷青児の絵を持って、関西方面で売り歩くことになります。「宇野千代全集 第12巻」に収録されている「私の文学的回想録」にはこのときの様子が記されています。

金が一銭もないのに、家を建てると言うのです。金の話だけは別にして、お膳立ては凡て出来ました。世田谷の淡島に、四五百坪の土地を借りました。忽ち、家の柱が建ちました。屋根が出来ました。見る見る、そのコルビジェ風のハイカラな家が出来上がりそうなのを見て、流石に私たちは狼狽てました。
私は東郷の絵を持って、関西へ行くのが仕事になりました。夙川のホテルにいて、毎日、一枚二枚と絵を持って出て、買いそうな人に会いに行くのです。何のことはない、絵のセールスマンなのですが、絵を売るより、却ってホテル代が嵩むことがあったのです。絵は売るものではない、と何度思ったかは知れません。
宇野千代 宇野千代全集 第12巻 随筆 中央公論新社 「私の文学的回想録」 164ページ

ブラッサム あらすじ モデル 関連記事と参考文献

ブラッサム あらすじ モデル 関連記事

「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデルである宇野千代さんが何をした人で、またどんな人物であったかについては下記の記事が参考になるでしょう。

ブラッサム あらすじ モデル 参考文献

今回の記事は以下の書籍を参考としています。

著:宇野 千代, 著:小林庸浩 ほか, 著:小林庸浩 ほか
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KADOKAWA
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著:工藤美代子
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