りんの再婚相手は島田健次郎(シマケン)(佐野晶哉)が最有力と考えられますが、現時点では確定していません。
ただし、第12週に再登場する竹内虎太郎(小林虎之介)が有力になる可能性もあり、結末はまだ分かっていません。
さらに、一ノ瀬りん(見上愛)のモデルとなった大関和さんは、再婚話があったものの最終的には破談となり、生涯再婚していない人物です。
結論:りんの再婚相手はシマケンが最有力
りんの再婚相手はシマケンが最有力ですが、結末はまだ確定していません。
現時点の展開から見ると、りんの再婚相手は島田健次郎(シマケン)が最有力と考えられます。
ドラマでは今後も継続的に登場し、関係性が深まっていく描写が続くためです。
ただし、物語の進行によっては別の人物が有力になる可能性もあり、最終的な結論はまだ確定していません。
→ りんが虎太郎と再婚する可能性はあるの?
→ りんが島田健次郎と再婚する可能性はあるの?
りんの再婚相手候補は誰?【先に知りたい人向け】
りんの再婚相手として考えられる人物は主に3つのパターンがあります。
島田健次郎(シマケン)(最有力)
現在の展開で最も可能性が高いのが「シマケン」こと島田健次郎です。
登場頻度が高く、りんとの関係も徐々に深まっているため、視聴者の多くが再婚相手候補として認識し始めています。
虎太郎(後半の有力候補)
りんの幼なじみである虎太郎は、第12週以降に上京して登場する重要人物です。
再会によって関係が再び動き出す可能性があり、後半の展開次第では再婚相手として急浮上する可能性があります。
再婚しない可能性(史実)
りんのモデルである大関和さんは、最終的に再婚しませんでした。そのため、ドラマでも再婚しない結末になる可能性も十分に考えられます。
島田健次郎(シマケン)は再婚相手になるのか
島田健次郎(シマケン)は現時点で最も有力な再婚相手候補です。
現在の関係
第3週でりんは住み込み働くことになった、清水卯三郎(坂東彌十郎)の舶来品店(輸入品店)の「瑞穂屋」で、外国語に精通している島田健次郎(佐野晶哉)と出会うことになります。
島田健次郎はりんにとっての良き相談相手で、りんの悩み(トレインドナースに対する偏見や廃娼運動の存在)に寄り添ってくれる存在です。
結婚に発展する可能性
こうした交流を通じて、りんは島田健次郎を次第に「一人の男性」として意識するようになります。第13週途中までのあらすじを踏まえると、第14週以降の後半において2人が再婚する展開もあり得ます。
虎太郎は再婚相手になるのか
虎太郎は第12週以降の展開で一気に重要度が上がる可能性のある人物です。
上京後の展開
虎太郎は第12週のあらすじで、那須から上京して、りんと再会することが明らかになっています。
洋装姿になった虎太郎は銀座にある製薬会社の正社員として働くことに。この再会が再婚につながる可能性も十分に考えられます。
島田健次郎(シマケン)との違い
島田健次郎(シマケン)が「現在進行形の関係」であるのに対し、虎太郎は「過去の関係」を持つ人物です。
りんと同じ村に住む幼なじみであった虎太郎は、りんに対して淡い恋心を抱いていることが第1週で明らかになっています。また、第4週では離婚を決意したりんに対してほとんど何も手助けをすることができませんでした。
この違いがストーリーの軸になる可能性があります。
りんは最終的に再婚する?結末の考察
現時点では、りんが再婚するかどうかは確定していません。
- シマケンと結ばれる可能性
- 虎太郎と再び関係が深まる可能性
- 再婚しない結末
これらのいずれもあり得る状態です。
モデル大関和は再婚したのか(史実)
「風、薫る」の主人公・一ノ瀬りんのモデルとなった大関和さんは、1880(明治13)年に夫・渡辺福之進豊綱(「風、薫る」の奥田亀吉のモデル)と離婚したのち、生涯、再婚することはありませんでした。
再婚話の経緯
生涯において再婚することはなかった大関和さんですが、木下尚江(きのしたなおえ)(「風、薫る」の島田健次郎のモデル)という男性と再婚寸前まで行った史実があります。
1891(明治24)年、熱心なクリスチャンであった大関和さんは、新潟県の高田(現在の新潟県上越市)にあった高田女学校で舎監の職についていた頃、当時盛んだった廃娼運動を通じて、社会運動家の木下尚江(1869-1937年)と知り合います。
このとき大関和さんは33才で、木下尚江は10才年下の23才でした。
木下尚江との関係
やがて大関和さんは高田を去り、東京に戻りますが、2人は文通を重ねることに。そんな2人の関係に転機が訪れたのは、1898(明治31)年のことです。
1897(明治30)年、木下尚江は普通選挙実現のための活動に従事しており、そのことがきっかけで恐喝詐欺の疑いをかけられて起訴されます。
翌年には重禁錮8ヶ月、罰金10円の判決を受けますが、木下は判決を不服として控訴。そのため東京の鍛治橋にある監獄に未決囚として収監されていました。
大関和さんは、木下が監獄に収監されていることに義憤を感じて、すぐに面会に駆けつけます。やつれた木下の姿に同情した大関和さんは頻繁に慰問に訪れることに。
木下もいつしかその慰問を心待ちにするようになり、やがて結婚の意志を固めるようになります。
相馬愛蔵の反対と再婚話の破談
1898(明治31)年12月、木下尚江は無罪が確定し出獄。故郷の信州に戻り、長野県中学校松本支校(現在の長野県立松本深志高等学校)の後輩であった、相馬愛蔵(「風、薫る」の丸山忠蔵のモデル)に大関和さんと結婚したいという話を切り出します。
しかし相馬愛蔵はこの結婚話に猛反対。
なぜなら相馬愛蔵は、大関和さんが知らなかった木下尚江の「不行状」を知っていたからです。なんと木下には廃娼運動に参加しながら、その一方では遊女を囲っていたり、恋愛の対象となる女性が何人もいたのです。
しかも相馬愛蔵は疥癬を患い帝大医院に入院していた時に大関和さんの看護を受けたことがあり、大関和さんがいかに純粋かつ直情な性格を持ち主であることもよく知っていました。
そんな木下尚江が純粋と大関和さんと結婚をすれば、木下尚江が大関和さんを深く傷つけるという不安を拭い去ることができません。
相馬愛蔵は木下に結婚を申し込むことを諦めるように必死に説得。説得を受けた木下尚江は深い失望感に襲われながらも、結局は相馬愛蔵の懸念を受け入れ、大関和さんとの結婚をきっぱり諦めました。
なぜ大関和は再婚しなかったのか?
木下尚江と知り合う以前においても、大関和さんは美人の誉れが高く、離婚したのち、帝国大学医科大学第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)に勤めるエリート医師たちから非常にモテた逸話も残されているほどです。
なお、大関和たちの試験委員をした内科の三浦謹之助、外科の芳賀栄次郎ほか、大沢岳太郎らは、この年の一月に医科大学を卒業したばかりで、新進気鋭の医師として帝大で仕事をはじめており、実習生であった大関らとは親しく交流していた。とりわけ美人の誉れの高い和は、彼らの憧れの的でもあった。
しかし、大関和さんは生涯、再婚することはありませんでした。その理由は大関和さん自身が次第に忙しくなり、恋愛だけに時間を割いている余裕がなかったからでしょう。
この頃、大関和さんは巷で横行していた悪質な派出看護婦会を抑えるために内務省衛生局に取締の陳情をしたり、良質な看護婦を育成するべく「東京看護婦会講習所」の講師として「派出看護心得」という本を執筆したりするなど、多忙な日々を過ごしていました。
りんの結婚・離婚の流れまとめ
りんの人生は結婚・離婚・再婚の可能性といった大きな転機を含んでいます。
今後の展開によって、その結末は大きく変わる可能性があります。
風、薫る 全話あらすじと最終回までのネタバレ
風、薫る 全話あらすじ
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風、薫る りん 再婚相手 関連記事と参考文献
風、薫る りん 再婚相手 関連記事
「風、薫る」の主人公・一ノ瀬りん(見上愛)のモデルとなった大関和さんが、木下尚江との間にあった再婚話の史実については下記の記事でも言及しています。合わせて参考にしてください。
風、薫る りん 結婚相手 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考文献としています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」は朝ドラ「風、薫る」の原案にもなっています。
- 亀山美知子 大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語 ドメス出版
- 田中ひかる 明治のナイチンゲール 大関和物語 (中公文庫)
- 宮田茂子 《新装版》「大関和」を通して見た日本の近代看護【真説】国家的セクハラを受けた職業集団 星湖舎
