朝ドラ「ブラッサム」の6週に登場する札幌拓殖銀行のモデルは、1900(明治33)年に設立された北海道拓殖銀行と考えられます。
北海道拓殖銀行は、北海道の開拓や産業の発展に必要な資金を供給する目的で誕生し、その後は北海道を代表する銀行へと成長しました。
また、木村保(金子大地)のモデルと考えられる宇野千代の2番目の夫・藤村忠は、1920(大正9)年に北海道拓殖銀行札幌支店へ就職しています。
この記事では、札幌拓殖銀行のモデルと考えられる北海道拓殖銀行が設立された目的や北海道で果たした役割、1997(平成9)年の経営破綻、ドラマとの関係について紹介します。
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結論|札幌拓殖銀行のモデルは北海道拓殖銀行と考えられる
朝ドラ「ブラッサム」の札幌拓殖銀行のモデルは、実在した北海道拓殖銀行と考えられます。
北海道拓殖銀行は、北海道の開拓に必要な資金を供給する目的で1900(明治33)年に設立され、農業や商工業など北海道の産業を金融面から支えました。
その後は普通銀行へ転換して北海道を代表する銀行へと成長しましたが、バブル崩壊後に多額の不良債権を抱え、1997(平成9)年に経営破綻しています。
「ブラッサム」では木村正吾(三宅弘城)が札幌拓殖銀行の総務部長を務め、木村保(金子大地)に卒業後は札幌で自分の下で働くことを提案。
一方、木村保のモデルと考えられる宇野千代の2番目の夫・藤村忠も1920(大正9)年に北海道拓殖銀行札幌支店へ就職しており、銀行名だけでなく人物の史実からも共通点がみられます。
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北海道拓殖銀行とは?北海道の開拓を支えた銀行
北海道拓殖銀行は、北海道の開拓や産業の発展に必要な資金を供給するため、1900(明治33)年に設立された銀行です。
現在の一般的な銀行とは異なり、北海道の開拓を金融面から支援するという国の政策と深く関係して誕生しました。
札幌に本店を置いて営業を開始し、その後は北海道の発展とともに支店を増やしていきます。
北海道の開拓に必要な資金を供給するために設立
明治時代になると北海道の開拓が本格的に進められ、本州などから多くの人々が北海道へ移住するようになりました。
新しく土地を開墾して農業を始めたり、道路や建物を整備したり、さまざまな産業を発展させたりするためには、多額の資金が必要になります。
しかし、当時の北海道では金融機関の活動が十分ではなく、銀行も一部の地域に集中。
また、既存の金融機関による融資は水産業や商業などが中心で、土地の開墾や農業などに必要となる資金を長期間にわたって借りることは簡単ではありませんでした。
そこで政府は、北海道の開拓に必要な資金を長期間・低い金利で供給する金融機関を設立。
1899(明治32)年に「北海道拓殖銀行法」が制定され、翌1900(明治33)年、札幌に北海道拓殖銀行が開業しました。
北海道拓殖銀行は、北海道という地域の開拓を金融面から支えることを大きな目的として誕生した銀行だったのです。
農業や商工業など北海道の産業を金融面から支えた
北海道拓殖銀行が資金を供給したのは、土地の開墾や農業だけではありません。
北海道で暮らす人が増え、各地で町が発展すると、農業だけでなく商業や工業などにも多くの資金が必要になります。
北海道拓殖銀行はこうした分野にも資金を供給し、北海道の産業の発展を金融面から支えていきました。
また、札幌の本店だけでなく、小樽や函館など北海道各地へ支店を広げていきます。
たとえば函館支店では、当時の北海道を代表する産業の一つだった海産物の取引に伴う金融業務も増加。
北海道の開拓が進んで人口や産業が成長するにつれて、北海道拓殖銀行の役割も大きくなっていったのです。
その後、1950(昭和25)年に北海道拓殖銀行法が廃止されると普通銀行へ転換。
北海道の開拓を目的として誕生した銀行から、北海道の企業や人々を幅広く支える銀行へと役割を変えていきました。
北海道拓殖銀行は1997(平成9)年に経営破綻
北海道の開拓を支えるために誕生した北海道拓殖銀行は、その後、北海道を代表する銀行へと成長。
しかし、バブル経済の時代に不動産関連などへの融資を拡大した後、バブル崩壊によって多額の不良債権を抱えることになります。
北海道銀行との合併も計画されましたが実現せず、預金の減少や株価の下落などによって資金繰りも悪化。
1997(平成9)年11月17日、北海道拓殖銀行は自力で事業を続けることが困難となり、経営破綻しました。
その後、北海道内の営業は北洋銀行、本州の営業は中央信託銀行へ引き継がれ、北海道拓殖銀行は長い歴史に幕を下ろしたのです。
ブラッサムの札幌拓殖銀行のモデルは北海道拓殖銀行か
朝ドラ「ブラッサム」の6週に登場する札幌拓殖銀行のモデルは、実在した北海道拓殖銀行と考えられます。
その理由として、
・「札幌拓殖銀行」と「北海道拓殖銀行」で名称が似ている
・「北海道の開発や道内の産業育成に資する」という銀行の設立意義が似ている
・木村保のモデル・藤村忠が実際に北海道拓殖銀行札幌支店へ就職している
という3つの共通点があります。
木村正吾は札幌拓殖銀行の総務部長
「ブラッサム」の6週では、木村照子(山田真歩)のいとことして、木村正吾(三宅弘城)が札幌拓殖銀行の総務部長として登場します。
正吾は約30年前に北海道へ移住し、札幌拓殖銀行で働いているという設定です。
そして、照子の次男で東京の帝国大学に通う保(金子大地)に対して、卒業後は札幌拓殖銀行で自分の下で働くことを提案します。
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木村保のモデル・藤村忠は北海道拓殖銀行札幌支店に就職
木村保のモデルと考えられる藤村忠も、実際に北海道拓殖銀行で働いています。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜によると、1920(大正9)年3月、藤村忠は東京帝国大学法学部(現在の東京大学法学部)を卒業し、北海道拓殖銀行札幌支店に就職しました。
そして同年9月、宇野千代も忠の任地である札幌へ赴いています。
ドラマでは木村保が札幌拓殖銀行で働くことを勧められる一方、史実ではモデルとなった藤村忠が北海道拓殖銀行札幌支店に就職。
銀行名が似ているだけでなく、木村保のモデルとなった人物の勤務先も北海道拓殖銀行であることから、ドラマの札幌拓殖銀行は北海道拓殖銀行をモチーフにした銀行と考えられます。
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ブラッサム 架空の団体・組織の一覧
朝ドラ「ブラッサム」には札幌拓殖銀行のほか、葉野酒造、山口第二高等女学校、岩国第三尋常小学校など、物語の舞台となる架空の団体や組織が登場します。
ドラマに登場する主な団体・組織をまとめて紹介します。
木村正吾
木村正吾(三宅弘城)は木村照子のいとこで、札幌拓殖銀行の総務部長を務める人物です。
約30年前に北海道へ移住し、6週では木村保に卒業後の札幌での就職を提案します。
木村保
木村保(金子大地)は木村享一と照子の次男で、東京の帝国大学に通っています。
6週では札幌拓殖銀行で働く木村正吾から、大学卒業後に札幌で働くことを提案されます。
葉野珠(木村珠)
「ブラッサム」の主人公・珠は札幌拓殖銀行に就職した保について行くこととなり、札幌で生活を始めることになります。
札幌時代の珠はペンネームとして「木村珠」の名前を使います。
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ブラッサム 作品紹介
朝ドラ「ブラッサム」とは?
作品概要やキャスト、主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代について紹介します。
札幌拓殖銀行が登場する週
「ブラッサム」において札幌拓殖銀行が登場する週は6週です。
ブラッサム あらすじ
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ブラッサム ネタバレ最終回まで
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朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデルとなった小説家・宇野千代について、生涯や家族、作品、交友関係などを紹介します。
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宇野千代 夫
宇野千代は生涯で4度結婚しました。
宇野千代の夫となった男性や結婚・離婚の経緯についてまとめて紹介します。
藤村忠とは
藤村忠は宇野千代の2番目の夫です。
1920(大正9)年に東京帝国大学法学部を卒業して北海道拓殖銀行札幌支店に就職し、同年9月には宇野千代も忠の任地である札幌へ赴きました。
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
