朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠(石橋静河)のモデルとなった宇野千代には、実子も養子もいませんでした。
しかし、宇野千代は洋画家・東郷青児の長女・東郷たまみ(とうごうたまみ)と晩年に深い交流を続け、「我が子同然」と思える存在として接していました。
この記事では、東郷たまみとはどのような人物だったのか、宇野千代との出会いや交流、東郷青児を偲ぶ会でのエピソードなどをわかりやすく紹介します。
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→ 東郷志馬とは?
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結論|東郷たまみは宇野千代が「我が子同然」に交流した東郷青児の長女
東郷たまみを簡単にまとめると次のようになります。
・洋画家・東郷青児の長女
・本人も洋画家及び歌手として活躍
・宇野千代と東郷青児の同棲解消後に誕生
・晩年の宇野千代と親子のような交流を続けた
・宇野千代が「我が子同然」に思っていた人物の一人
東郷たまみは宇野千代の実子でも養子でもありません。
しかし、宇野千代の晩年を語るうえで欠かせない存在となりました。
東郷たまみとは
東郷青児の長女
東郷たまみ(1940〜2016年)は、洋画家・東郷青児と東郷盈子(みつこ)の長女で、異母兄には東郷志馬(しま)がいます。
自身も洋画家として1968(昭和43)年に第53回二科展金賞受賞。1972(昭和47)年には二科展会員賞を受賞。
さらには1975(昭和50)年、第60回二科展で内閣総理大臣賞を受賞しました。
また歌手としてもデビューし、朝丘雪路や水谷良重(二代目・水谷八重子)とともに「七光りトリオ」の一員として活動したことでも知られています。
→ 東郷志馬とは?
宇野千代との共同生活はなかった
東郷たまみが生まれたのは1940(昭和15)年です。
一方、宇野千代と東郷青児の同棲生活は1934(昭和9)年に終わっています。
そのため、異母兄の東郷志馬とは異なり、東郷たまみは宇野千代と幼少期を一緒に過ごしてはいません。
しかし、後年になって宇野千代と出会い、親子のような交流を続けることになります。
宇野千代と東郷たまみの交流
「おはん」の出版記念会で出会う
「生きて行く私」によれば、宇野千代が東郷たまみと初めて会ったのは、「おはん」の出版記念会でした。
この席で東郷たまみは宇野千代のために歌を披露し、それがきっかけとなって交流が始まります。
その後は宇野千代の青山南町(現在の東京都港区南青山)の自宅を訪れることも多くなり、親しい関係を築いていきました。
東郷青児を偲ぶ会で交流を深めた
1978(昭和53)年に東郷青児が亡くなると、三回忌として「東郷青児を偲ぶ会」が開かれました。
宇野千代と東郷たまみは「偲ぶ会」にともに出席。
そのことがきっかけで宇野千代は東京都杉並区にあった東郷たまみさんの自宅を訪問し、仏間にある仏壇に祀られている亡き東郷青児を拝むことになります。
このときの心境を宇野千代は「生きて行く私」においてこう語っています。
生涯の間に、東郷青児の仏前に坐して線香を立てる瞬間があろうとうは、夢にも思い設けなかった私であった。その私の胸に去来する感慨は何であったか。
宇野 千代. 生きて行く私 (角川文庫) (Function). Kindle Edition. No. 4655
長い年月を経て東郷青児を偲ぶ時間は、宇野千代にとって特別な意味を持つ出来事だったでしょう。
「親子の証」と感じた出来事
このときの東郷たまみの自宅には異母兄・東郷志馬も同席していました。
3人で東郷青児の思い出話をするうち、
「3人とも東郷青児の絵を一枚も持っていない」
ということに気付きます。
宇野千代は同棲時代、借金返済のため東郷青児の絵を売り歩き、東郷志馬と東郷たまみも父親の作品を所有していませんでした。
普通なら寂しい話ですが、宇野千代はその時間を共有できたことに家族としての絆を感じます。
実際「生きて行く私」には、
私たちが二人の子供とその母親である、と言うようなおかしな思いに駆られたのである。
宇野 千代. 生きて行く私 (角川文庫) (Function). Kindle Edition. No. 4655
と記されています。
生物学的にも法律的にも親子ではありませんでしたが、宇野千代にとって東郷たまみは「我が子同然」の存在になっていたことがうかがえます。
東郷たまみは宇野千代の実子ではありません。
しかし宇野千代自身が「二人の子供とその母親」と感じたことは、東郷たまみを「我が子同然」に思っていたことを示す象徴的なエピソードと言えるでしょう。
→ 東郷志馬とは?
よくある質問(FAQ)
Q. 東郷たまみは宇野千代の実の娘ですか?
A. いいえ。
東郷たまみは東郷青児の長女であり、宇野千代との血縁関係はありません。
Q. 宇野千代と東郷たまみは一緒に暮らしていましたか?
A. いいえ。
東郷たまみは宇野千代と東郷青児が別れた後に誕生しているため、共同生活はしていません。
Q. 宇野千代と東郷たまみはどのように知り合いましたか?
A. 「おはん」の出版記念会で初めて出会い、その後、宇野千代の自宅を行き来するなど交流を深めました。
Q. 東郷たまみはなぜ「宇野千代の娘」と呼ばれるのでしょうか?
A. 実の娘ではありません。
しかし、宇野千代が晩年に親子のような交流を続け、「我が子同然」に接したことから、このように紹介されることがあります。
詳しくは「宇野千代 子供」の記事でも紹介しています。
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参考文献
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