NHK朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠(石橋静河)のモデルとなった宇野千代に子供はいたのでしょうか。
小説家・宇野千代(1897~1996年)には一般に「実子はいなかった」とされていますが、短編小説「私と子供」(「宇野千代全集 第4巻」に収録)には、寵子(ちょうこ)という女の子を出産したことを思わせる記述があります。
ただし、寵子が実在した娘だったのか、現在のところ確認できません。
また宇野千代には養子はいませんでしたが、東郷志馬・東郷たまみ・北原ミキ・藤江淳子の4人と「我が子同然」の深い関係を築きました。
この記事では、宇野千代に実の子供がいたのか、「私と子供」に登場する寵子と「我が子同然」の4人について解説します。
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結論|宇野千代に実の子供がいたかは不明
小説家・宇野千代(1897~1996年)には一般に「実子はいなかった」とされています。
しかし、宇野千代が1935(昭和10)年に発表した「私と子供」(「宇野千代全集 第4巻」に収録)という短編小説には、主人公の「私」が寵子(ちょうこ)という女の子を出産し、生後3日で亡くしたことが書かれています。
「私」には宇野千代本人と共通する点が多い一方、寵子が実在したことを裏付ける記録は確認できません。
そのため、
宇野千代に実の子供がいたかどうかは不明
というのがこの記事の結論です。
なお、宇野千代に法律上の養子はいませんでした。
一方で、東郷志馬・東郷たまみ・北原ミキ・藤江淳子の4人とは、実の親子ではないものの「我が子同然」の深い関係を築いています。
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宇野千代の小説「私と子供」に娘・寵子が登場
宇野千代は1935(昭和10)年に雑誌『改造』三月号において短編小説「私と子供」を発表しました。
「私と子供」はのちに1938(昭和13)年に中央公論社から刊行された『月夜』に収録され、現在は「宇野千代全集 第4巻」でも読むことができます。
作品では主人公の「私」が津村という男性、その子供である「つとむ」と一緒に生活しています。
その中で「私」は、かつて寵子という女の子を出産し、その子が生後3日で亡くなったことを回想します。
また作品を読むと、寵子は津村との間に生まれた子供ではなく、「私」が別の男性との間にもうけた子供であることがわかります。
注目したいのは、この主人公の「私」に宇野千代本人との共通点が多いことです。
「私」には5人の弟妹がいる
「私と子供」の主人公には5人の弟妹がいます。
宇野千代自身の家族構成と共通する設定であり、主人公と宇野千代を結びつける要素の一つです。
「私」は継母に育てられた
作品では「私」が継母に育てられたことも書かれています。
宇野千代も幼いころに実母を亡くし、その後は継母に育てられました。
弟妹の人数だけでなく、幼少期の家庭環境にも宇野千代本人との共通点があります。
津村は東郷青児がモデルと考えられる
「私」と一緒に生活する津村は、洋画家・東郷青児をモデルにした人物と考えられます。
宇野千代は1930(昭和5)年から1934(昭和9)年ごろまで東郷青児と同棲していました。
作品に描かれる「私」と津村の関係は、実際の宇野千代と東郷青児の関係と重なります。
つとむは東郷志馬がモデルと考えられる
津村の子供として登場する「つとむ」は、東郷青児の長男・東郷志馬をモデルにした人物と考えられます。
実際の宇野千代も、東郷青児との同棲中に東郷志馬と一緒に暮らしていました。
さらに作品では、つとむが「私」を「おばさん」と呼んでいます。
宇野千代と東郷志馬も実の親子ではなく、宇野千代は志馬にとって「おばさん」という立場でした。
きぬ代は東郷志馬の実母・永野明代がモデルと考えられる
「私と子供」には、きぬ代という女性も登場します。
きぬ代は、東郷志馬の実母である永野明代(はるよ)をモデルにした人物と考えられます。
このように「私と子供」では人物名こそ変えられていますが、宇野千代の生い立ちや東郷青児をめぐる実際の人間関係と重なる設定がいくつも登場します。
寵子は宇野千代が実際に出産した娘なのか?
では「私と子供」に登場する寵子は、宇野千代が実際に出産した娘なのでしょうか。
現時点では、寵子が実在したとは断定できません。
「私」が宇野千代本人をモデルにした人物であったとしても、小説では実際の人物や出来事をもとにしながら、一部にフィクションを加えることがあります。
そのため、
「私=宇野千代」だから「寵子=宇野千代の実の娘」
とは言い切れません。
一方で、「私」には弟妹の人数や継母に育てられた生い立ち、津村・つとむとの生活など、宇野千代本人と重なる点がいくつもあります。
そのため、寵子の出産だけが完全な創作だったとも断定できません。
「宇野千代全集」の年譜に出産の記録はない
「宇野千代全集 第12巻」に収録された宇野千代の詳しい年譜には、子供を出産したという記録はなく、「流産」「死産」などの記述も確認できません。
したがって、全集の年譜から宇野千代に実子がいたとすることはできません。
ただし、年譜に記載がないことだけを理由に、「宇野千代は一度も子供を出産していない」と断定することも難しいでしょう。
現時点では、
・「私と子供」には女児を出産した記述がある
・主人公の「私」は宇野千代本人との共通点が多い
・しかし「私と子供」は小説である
・全集の年譜には出産の記録がない
・寵子の実在を裏付ける別の資料も確認できない
という状態です。
そのため、宇野千代に実の子供がいたのかは「不明」とするのが妥当だと考えられます。
「愛して生きて」には尾崎士郎との子を流産する場面がある
工藤美代子の「愛して生きて 宇野千代伝」には、「私と子供」とは別に宇野千代の妊娠と流産が描かれています。
作品では1924(大正13)年1月ごろ、宇野千代が尾崎士郎との間に子供を妊娠。
出産予定日は同年10月でした。
しかし2月ごろ、尾崎士郎の信奉者である医学生の国村という男性から渡された堕胎薬を飲み、その約10日後に下腹部に激しい痛みを覚えます。
そして妊娠4か月に満たない胎児を流産したと描かれています。
ただし「愛して生きて 宇野千代伝」の巻末には、
「本作は、著者の取材と資料に基づいたフィクションです。」
と記されているだけで、この妊娠・流産についての出典は明らかにされていません。
また「宇野千代全集 第12巻」の1924年の年譜にも、妊娠や流産の記録はありません。
そのため、1924年の流産についても史実だったとは断定できません。
なお、「私と子供」の寵子は実際に出生したのち3日で亡くなっています。
「愛して生きて 宇野千代伝」では妊娠4か月未満で流産しているため、両者は異なる出来事として描かれています。
宇野千代に養子はいた?
宇野千代に法律上の養子がいたことを示す記録は確認できません。
一方で宇野千代は、血縁上の親子ではない人物と家族のような関係を築きました。
特に次の4人は、宇野千代にとって「我が子同然」といえる存在でした。
- 東郷志馬
- 東郷たまみ
- 北原ミキ
- 藤江淳子
この4人はいずれも宇野千代の実子ではなく、法律上の養子でもありません。
宇野千代が「我が子同然」と思った4人
東郷志馬(とうごうしま)
東郷志馬は洋画家・東郷青児の長男です。
宇野千代は1930(昭和5)年から1934(昭和9)年ごろまで東郷青児と同棲。
その間、東郷志馬も宇野千代とともに東京・世田谷区代沢(当時の淡島)の家で生活しました。
東郷志馬は宇野千代の実の息子ではありませんが、東郷青児との同棲時代に一緒に生活した「我が子同然」の人物です。
東郷たまみ
東郷たまみ(1940~2016年)は洋画家・東郷青児の長女です。
東郷たまみは宇野千代と東郷青児が同棲生活を解消した後に誕生したため、宇野千代と一緒に生活した経験はありません。
しかし宇野千代の晩年には交流を深め、お互いの自宅を行き来する関係になりました。
東郷たまみは宇野千代の実の娘ではありませんが、宇野千代が娘のように親しく接した人物の一人です。
北原ミキ
北原ミキは、宇野千代の4人目の夫・北原武夫と前妻・美保子との間に生まれた長女です。
北原武夫と宇野千代が結婚したことで、ミキと宇野千代は継母と継子のような関係になりました。
しかし北原ミキは宇野千代との生活になじめないまま、結核性脳膜炎を患い、わずか7歳で亡くなりました。
藤江淳子(ふじえあつこ)
藤江淳子(ふじえあつこ)は1960(昭和35)年に初めて宇野千代と知り合い、秘書として長年にわたり身近で支え続けた人物です。
宇野千代の自伝的小説「生きて行く私」では、藤江淳子のことを指して「うちの淳子」という表現がたびたび使われています。
晩年には公私ともに宇野千代を支え、最も信頼された存在となりました。
藤江淳子も宇野千代の実の娘や養女ではありませんが、晩年の宇野千代にとって家族同然の存在でした。
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東郷志馬は、洋画家・東郷青児と永野明代(はるよ)の間に生まれた長男です。
宇野千代の実子ではありませんが、東郷青児との同棲中に宇野千代と一緒に暮らしました。
東郷たまみ|東郷青児の長女
東郷たまみは、洋画家・東郷青児と東郷盈子(みつこ)の間に生まれた長女です。
宇野千代の実の娘ではありませんが、晩年の宇野千代と深い交流を続けました。
北原ミキ|北原武夫の長女
北原ミキは、北原武夫と前妻・美保子との間に生まれた長女です。
宇野千代の実の娘ではありませんが、北原武夫との結婚によって宇野千代と継母・継子のような関係になりました。
藤江淳子|宇野千代の秘書
藤江淳子は宇野千代の秘書として長年にわたり身近で支えた人物です。
実の親子ではありませんが、宇野千代にとって家族同然の存在となりました。
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参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
