朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠(石橋静河)のモデルとなった宇野千代に子孫はいるのでしょうか。
現在確認できる宇野千代の家系に、実の子供から続く孫やひ孫などの子孫はいません。
ただし、宇野千代自身に実子がいたのかについては、短編小説「私と子供」に娘・寵子(ちょうこ)を出産した記述があり、現在のところ不明です。
仮に寵子が実在したとしても、作品では生後3日で亡くなっているため、寵子から続く子孫はいません。
一方、宇野千代には「我が子同然」に接した人物や、「孫同然」といえるほどかわいがった純夫さんがいました。
この記事では、宇野千代に子孫や孫がいたのか、実子の問題や純夫さんとの関係について解説します。
→ 宇野千代に子供はいた?実子の有無と「私と子供」の娘・寵子を解説
→ 東郷たまみとは? 東郷青児の長女
→ 東郷志馬とは? 東郷青児の長男
→ 北原ミキとは? 北原武夫の長女
→ 藤江淳子とは? 宇野千代の秘書
結論|宇野千代に血縁の子孫がいたことは確認できない
宇野千代について簡単にまとめると次のようになります。
・現在確認できる家系に実子から続く子孫はいない
・実の孫やひ孫がいたことを示す記録も確認できない
・宇野千代自身に実子がいたのかは不明
・短編小説「私と子供」には娘・寵子を出産した記述がある
・寵子は作品中で生後3日で亡くなっている
・妹・勝子の養子・純夫を孫同然にかわいがった
・東郷志馬、東郷たまみ、北原ミキ、藤江淳子とも家族のような関係を築いた
現在確認できる資料から、宇野千代に実の孫やひ孫などの血縁上の子孫がいたことは確認できません。
ただし、その理由を単純に「宇野千代に実子がいなかったから」とすることはできません。
宇野千代の短編小説「私と子供」には、主人公の「私」が寵子という女の子を出産し、生後3日で亡くした記述があります。
主人公には宇野千代本人との共通点が多いものの、寵子が実在したことを裏付ける記録は確認できないため、宇野千代自身に実子がいたのかは現在のところ不明です。
宇野千代に血縁の子孫はいた?
実の孫やひ孫は確認されていない
宇野千代は、
との4回の結婚と、
・東郷青児
との約4年間の同棲生活を経験しました。
一般には宇野千代に実子はいなかったとされています。
一方で、宇野千代が1935(昭和10)年に雑誌『改造』三月号で発表した短編小説「私と子供」には、主人公の「私」が寵子という女の子を出産したことが書かれています。
「私」には宇野千代本人と共通する生い立ちや家族構成があり、東郷青児やその長男・東郷志馬をモデルにしたと考えられる人物も登場します。
しかし「宇野千代全集 第12巻」の年譜には出産の記録がなく、寵子の実在を裏付ける別の資料も現在のところ確認できません。
そのため、宇野千代自身に実子がいたのかについては不明です。
ただし、現在確認できる家系や記録に、宇野千代の実子から続く孫・ひ孫などの血縁上の子孫はいません。
「私と子供」の寵子から続く子孫はいない
短編小説「私と子供」に登場する寵子は、主人公の「私」が出産した女の子です。
しかし寵子は生後3日で亡くなったと書かれています。
そのため、仮に寵子が宇野千代が実際に出産した娘だったとしても、寵子から続く孫やひ孫はいません。
つまり、
「宇野千代に実子がいたか」と「宇野千代に実子から続く子孫がいるか」は別の問題です。
宇野千代自身に実子がいたのかは不明ですが、現在確認できる資料からは、宇野千代の実子から続く血縁上の子孫を確認することはできません。
孫同然だった義理の甥・純夫さん
妹・勝子の養子として迎えられる
宇野千代に実の孫がいたことは確認できません。
一方、自伝的随筆「生きて行く私」には、宇野千代が孫のように深い愛情を注いだ人物が登場します。
それが、妹・勝子(七原勝子)の養子となった純夫(すみお)さんです。
1964(昭和39)年頃、宇野千代の妹・勝子は、3歳にも満たない男の子を養子として迎えました。
その子は当初「文雄(ふみお)」という名前でした。
宇野千代は「生きて行く私」の中で、その時のことを次のように回想しています。
話があとさきになったが、妹の勝子は、目黒の佐野と言う家から、養子を貰った。まだ三つにもならない男の子で、文雄という名前であった。「まあ、文雄ちゃんなの」と言って、私たちは笑った。妹のところの養子、と言うことになると、宇野文雄である。この、宇野文雄と言うのは、私たちの弟である宇野文雄と、そっくり同じ名前である。この弟の文雄とそっくり同じ名前の子供、そう思うと、それが、何か、縁の深いことであるような気がしたのを、私は今も忘れない。
宇野 千代. 生きて行く私 (角川文庫) (Function). Kindle Edition. No. 2861
宇野家の末弟・宇野文雄(うのふみお)と同じ名前だったこともあり、宇野千代は不思議な縁を感じていました。
→ 宇野千代の妹・宇野勝子(七原勝子)とは?
→ 宇野千代の4人目の弟・宇野文雄とは?
→ 宇野千代の5人の弟妹たち
宇野千代が「純夫」と命名
その後、宇野千代は文雄という名前を改め、「純夫(すみお)」という名前を贈っています。
「何か、良い名前、ないか知ら。文雄という名前と、語呂の合うような」と私は言った。そして私が考えて、純夫と言う名前をつけた。すみおとは、純粋な人間、と言うことである。私は人間の性質の中で、この純粋である、素直である、と言うことくらい、美しいものはない、と、いつでも思っていた。その通りの名前を思いついたので、何とも言いようのないほど嬉しかった。
宇野 千代. 生きて行く私 (角川文庫) (Function). Kindle Edition. No. 2861
法律上の関係でいえば、宇野千代と純夫さんは伯母と甥にあたります。
純夫さんは宇野千代の血縁上の孫や子孫ではありません。
しかし宇野千代は、この子を迎えたことについて「これほど可愛らしい子供を下さるとは何と有難い」と表現しています。
こうした記述から、宇野千代が純夫さんに、自分の子供や孫に接するような深い愛情を注いでいたことがうかがえます。
「我が子同然」に接した4人
宇野千代は、血縁や法律上の親子関係がない人物とも家族のような関係を築いています。
代表的なのは次の4人です。
・東郷志馬(東郷青児の長男)
・東郷たまみ(東郷青児の長女)
・北原ミキ(北原武夫の長女)
・藤江淳子(宇野千代の秘書)
4人はいずれも宇野千代の実子ではありません。
しかし宇野千代は、それぞれと親子のような関係を築きました。
東郷志馬
東郷志馬は東郷青児の長男です。
宇野千代が1930(昭和5)年から東郷青児と同棲していた時期には、幼い東郷志馬も一緒に暮らしていました。
宇野千代自身が「志馬ちゃんは私のためには継子で、私は継母であった」と振り返っています。
東郷たまみ
東郷たまみは東郷青児の長女です。
宇野千代と東郷青児の同棲解消後に生まれたため、一緒に生活した経験はありません。
しかし晩年には交流を深め、宇野千代は東郷志馬・東郷たまみとともにいる際、自分たちが「二人の子供とその母親」であるような思いを抱いたと振り返っています。
北原ミキ
北原ミキは、宇野千代の4人目の夫・北原武夫と前妻・美保子との間に生まれた娘です。
1939(昭和14)年に宇野千代と北原武夫が結婚したことで、宇野千代と北原ミキは継母・継娘の関係になりました。
ただし養子縁組をしたことを示す史料は確認されていません。
藤江淳子
藤江淳子は、約36年間にわたり宇野千代を支えた秘書です。
宇野千代は「生きて行く私」で、藤江淳子との暮らしを「親と子が一緒にいるような格好」と表現しています。
血縁関係や養子縁組はありませんが、晩年の宇野千代にとって家族同然の存在でした。
それぞれの人物と宇野千代との関係については、「宇野千代 子供」の記事でもまとめて紹介しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 宇野千代に子孫はいますか?
A. 現在確認できる資料では、宇野千代の実子から続く孫やひ孫などの血縁上の子孫は確認できません。
ただし、宇野千代自身に実子がいたのかについては、短編小説「私と子供」に娘・寵子を出産した記述があるため、不明です。
Q. 宇野千代に孫はいましたか?
A. 実の孫がいたことを示す記録は確認できません。
一方、妹・勝子の養子となった純夫さんには、孫に接するような深い愛情を注いでいました。
Q. 宇野千代に子供はいなかったのは本当ですか?
A. 一般には「実子はいなかった」とされていますが、断定はできません。
宇野千代自身の短編小説「私と子供」には、主人公の「私」が娘・寵子を出産し、生後3日で亡くした記述があります。
ただし、寵子が実在したことを裏付ける記録は確認できないため、宇野千代に実子がいたのかは現在のところ不明です。
Q. 「私と子供」の寵子に子孫はいますか?
A. いません。
「私と子供」では、寵子は出生から3日後に亡くなったと書かれています。
ただし、寵子が宇野千代の実在した娘だったのかについては確認できません。
Q. 純夫さんとは誰ですか?
A. 宇野千代の妹・勝子の養子となった男の子です。
宇野千代自身が「純夫」という名前を付け、自伝的随筆「生きて行く私」でも深い愛情を持って紹介しています。
Q. 宇野千代が「我が子同然」にしていた人物は誰ですか?
A. 東郷志馬、東郷たまみ、北原ミキ、藤江淳子らが知られています。
4人はいずれも宇野千代の実子ではありません。
Q. 宇野千代にひ孫はいますか?
A. 宇野千代の実子から続くひ孫がいたことを示す記録は、現在のところ確認できません。
宇野千代 子供 関連記事
宇野千代 子供
宇野千代に実の子供がいたのか、短編小説「私と子供」に登場する娘・寵子や「我が子同然」に交流した4人について紹介します。
東郷志馬
宇野千代が幼少期をともに過ごした東郷青児の長男です。
→ 東郷志馬とは?
東郷たまみ
宇野千代が晩年に交流した東郷青児の長女です。
→ 東郷たまみとは?
北原ミキ
宇野千代の4人目の夫・北原武夫の娘で、宇野千代の継娘となった人物です。
→ 北原ミキとは?
藤江淳子
約36年間にわたり宇野千代を支え、「親と子が一緒にいるよう」と表現された秘書です。
→ 藤江淳子とは?
ブラッサム モデル 宇野千代 関連記事
宇野千代とは
朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代の人物像を紹介します。
→ 宇野千代とは誰?
宇野千代 家系図
宇野千代の父・母・兄弟・夫など家族構成を紹介します。
→ 宇野千代の家系図
宇野千代 家族
宇野千代の父・母・兄弟・夫・子孫など家族について紹介します。
→ 宇野千代の家族
宇野千代 夫
4度の結婚と1度の同棲生活について紹介します。
ブラッサム 作品紹介・あらすじ・ネタバレ 最終回
ブラッサム 作品紹介
宇野千代の生涯をモデルとした朝ドラ「ブラッサム」の作品紹介です。
ブラッサム あらすじ
朝ドラ「ブラッサム」の最新週から1週までのあらすじを随時更新します。
ブラッサム ネタバレ 最終回まで
朝ドラ「ブラッサム」の最終回までのネタバレや結末予想を紹介します。
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
