朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代(1897~1996年)は、小説家としてデビューする前から芥川龍之介(1892~1927年)と接点がありました。
1917(大正6)年、宇野千代は東京・本郷の西洋料理店「燕楽軒」で働き、そこへ「中央公論」の編集者・滝田樗陰(たきたちょいん)が芥川龍之介や久米正雄、菊池寛、今東光らを連れて出入りしていました。
さらに芥川の短編小説「葱」には、宇野千代と今東光の交流が題材として取り入れられたと考えられています。
この記事では、宇野千代と芥川龍之介の関係や「葱」のモデルとなったエピソード、さらに芥川が頭の上がらなかった名編集者・滝田樗陰との関係について史実をもとに解説します。
▼要点まとめ
・宇野千代は芥川龍之介を「燕楽軒」で見かけていた
・滝田樗陰が芥川龍之介ら若い文学者を燕楽軒へ連れてきていた
・芥川龍之介の短編「葱」には宇野千代と今東光のエピソードが投影されたと考えられる
・芥川龍之介は滝田樗陰から作品発表や金銭面で支援を受けていた
→ 宇野千代とは?
→ 宇野千代の年表
→ 宇野千代と滝田樗陰の関係
→ ブラッサム 秋山格之介(高良健吾)とは?
結論|宇野千代と芥川龍之介の関係
宇野千代(1897~1996年)は東京・本郷の西洋料理店「燕楽軒」でウエイトレスとして働いていた時期に、店で芥川龍之介を見かけたことがありました。
「中央公論」の名物編集長である滝田樗陰が芥川龍之介や今東光などの若い文学者や芸術家たちを連れ、「燕楽軒」を訪れていたためです。
その後、芥川龍之介は西洋料理店で働く女性と若い芸術家を描いた短編小説「葱」を発表。
宇野千代自身も自伝「生きて行く私」で、今東光とのエピソードが芥川の「葱」になったのではないかと回想しています。
→ 宇野千代とは?
→ 宇野千代の年表
→ 宇野千代と滝田樗陰の関係
→ ブラッサム 秋山格之介(高良健吾)とは?
宇野千代と芥川龍之介は燕楽軒で接点があった
宇野千代は東京・本郷の燕楽軒で働いていた
宇野千代には1917(大正6)年の一時期、東京・本郷三丁目にあった西洋料理店「燕楽軒」でウエイトレスとして働いた経験があり、そのとき芥川龍之介を見かけています。
当時の宇野千代は、まだ小説家としてデビューしていません。
燕楽軒で働いた期間も18日間ほどでした。
しかし、この短い期間に宇野千代は、後の人生につながる文学者や芸術家たちを目の当たりにすることになります。
その中心にいた人物の一人が「中央公論」の編集者・滝田樗陰でした。
→ 宇野千代と滝田樗陰の関係
→ 悠樂軒とは?モデルは実在した西洋料理店の燕楽軒
滝田樗陰が芥川龍之介らを燕楽軒へ連れてきた
滝田樗陰は「中央公論」を代表する総合雑誌へ成長させた名編集者として知られています。
宇野千代の年譜によると、滝田は燕楽軒に芥川龍之介・久米正雄・菊池寛・今東光・東郷青児らを連れて出入りしていました。
つまり宇野千代が燕楽軒で芥川龍之介らを目にすることになった背景には、滝田樗陰を中心とする文壇の人脈がありました。
当時の燕楽軒は宇野千代にとって、単に日々の生活費を稼ぐための職場だっただけではありません。
まだ作家になっていなかった宇野千代が、これから大正期の文学を担っていく若い文学者たちと接する場所にもなりました。
→ ブラッサム 左良太(北野秀気)とは?モデルは今東光か
→ 東郷青児とは?宇野千代の同棲相手
当時の芥川龍之介も若い作家だった
現在では芥川龍之介は「羅生門」「鼻」「地獄変」などで知られる日本近代文学を代表する小説家です。
しかし宇野千代が燕楽軒で働いた1917(大正6)年頃の芥川は20代半ばでした。
すでに「鼻」などを発表して夏目漱石から評価されていましたが、後世から見た「大文豪・芥川龍之介」として完成していた時代ではありません。
そして若い芥川を高く評価し、作品発表の機会などを通じて支えていた編集者の一人が滝田樗陰でした。
芥川龍之介と滝田樗陰の関係
宇野千代は滝田樗陰によって見出された小説家ですが、実は芥川龍之介も滝田樗陰に見込まれた小説家の1人です。
滝田樗陰は「中央公論」の名編集者
滝田樗陰は1882(明治15)年生まれの編集者です。
「中央公論」の編集に携わり、同誌を代表的な総合雑誌へ成長させました。
滝田は有名作家の原稿を集めるだけでなく、若い才能を見つけて育てる編集者でもありました。
芥川龍之介も、滝田が将来性を高く評価した若い作家の一人です。
芥川龍之介は滝田樗陰に頭が上がらなかった?
「滝田樗陰『中央公論』名編集者の生涯」によると、滝田樗陰と芥川龍之介の関係を示す興味深いエピソードが残されています。
いわば彼は、あらゆる作家の活殺の権を握っていたのであり、作家はすべて、彼の御機嫌を損じないように、戦々兢々としていた。『木佐木日記』によると、芥川龍之介さえ樗陰に対しては謙遜で、樗陰が何か言うたびに、先輩の前へ出た後輩のように、はあ、はあと、相槌を打っていたという。
杉森久英. 滝田樗陰 『中央公論』名編集者の生涯 (中公文庫) (Function). Kindle Edition. No. 1010
引用した文章中にある「彼」とは滝田樗陰のことです。
どうやら現代の日本では文豪として知られた芥川龍之介でさえも、滝田樗陰の前では借りてきた猫のようにおとなしかったようです。
芥川龍之介は滝田樗陰から原稿料を前借りした
芥川龍之介が滝田樗陰に頭が上がらなかった背景の一つは、「滝田樗陰『中央公論』名編集者の生涯」の巻末に収録されている、芥川龍之介が書いた「滝田君と僕と」という寄稿文からもうかがえます。
僕は又中央公論社から原稿料を前借する為に時々滝田君を煩わした。何でも始めに前借したのは十円前後の金だったであろう。僕はその金にも困った揚句、確か夜の八時頃に滝田君の旧宅を尋ねて行った。
杉森久英. 滝田樗陰 『中央公論』名編集者の生涯 (中公文庫) (Function). Kindle Edition. No. 2358
滝田樗陰は、芥川龍之介のような将来性のある若い文士に原稿料を前払いするなど、現在の言葉でいえば「先行投資」に近い支援をしていました。
こうした若い頃からの支援や恩義も、芥川龍之介が滝田樗陰に頭が上がらなかった背景にあったと考えられます。
芥川龍之介「葱」と宇野千代の関係
宇野千代と芥川龍之介の関係を考えるうえでもう一つ重要なのが、芥川の短編小説「葱」です。
「葱」とはどんな小説?
「葱」は芥川龍之介が発表した短編小説です。
物語に登場するのは、西洋料理店で働いている「お君さん」という女性です。
お君さんは若い芸術家の「田中君」に思いを寄せ、夜の東京を一緒に歩きます。
その途中、お君さんは八百屋へ立ち寄って葱を買います。
恋愛を思わせる若い男女の散歩と、日常生活に必要な葱を買うという行動が同じ場面のなかに描かれています。
「お君さん」のモデルは宇野千代か
「葱」に登場するお君さんには、若き日の宇野千代が投影されていると考えられています。
宇野千代自身も、芥川龍之介の「葱」と自分との関係を後年回想しています。
宇野千代は実際に西洋料理店「燕楽軒」で働いていました。
そして燕楽軒で知り合った今東光と、本郷から小石川界隈を一緒に歩いています。
こうした宇野千代自身の経験と「葱」の設定には共通する部分があります。
「田中君」のモデルは今東光か
「葱」に登場する若い芸術家・田中君には、今東光の要素が取り入れられたと考えられます。
後に小説家・僧侶として知られる今東光ですが、この頃はまだ20歳前後でした。
1915(大正4)年に上京すると画家を目指して美術を学び、東郷青児らとも交流しています。
その一方で文学にも強い関心を持っていました。
まさに「若い芸術家」と呼べる時期の今東光と宇野千代が、燕楽軒を通じて知り合ったことになります。
宇野千代と今東光の「葱」のエピソード
宇野千代と今東光は本郷から小石川を散歩した
宇野千代は燕楽軒に出入りしていた今東光と親しくなりました。
「宇野千代全集」の年譜には、この頃の今東光について「美少年」であったと記され、宇野千代と一緒に本郷から小石川界隈をよく散歩したことが記録されています。
当時の宇野千代は20歳頃、今東光も20歳前後でした。
後に著名な作家となる二人ですが、この頃はまだ文学や芸術の世界へ踏み出そうとしていた若者でした。
宇野千代は今東光とひと束2銭の葱を買った
宇野千代は自伝「生きて行く私」で、今東光と一緒に歩いていた際の出来事を回想しています。
二人で歩いている途中、宇野千代は八百屋でひと束2銭の葱を買いました。
恋を語り合ってもよい年頃の男女が一緒に歩いている最中に、女性が突然、生活感のある葱を買う。
この出来事が今東光には印象的だったのではないかと、宇野千代は後年考えています。
今東光から芥川龍之介へ話が伝わった?
宇野千代は後になって芥川龍之介の短編「葱」を知りました。
そして「生きて行く私」の中で、今東光が芥川龍之介に葱を買ったときの話をし、それが短編小説の題材になったのではないかと推測しています。
つまり宇野千代自身の回想に従えば、
宇野千代と今東光が本郷・小石川界隈を歩く
↓
宇野千代が八百屋で葱を買う
↓
今東光が芥川龍之介にその出来事を話す
↓
芥川龍之介が短編「葱」を書く
という流れが考えられます。
ただし「今東光から芥川龍之介へ話が伝わった」という部分は、宇野千代自身も「そうだったのではないか」と後年推測しているものです。
史実として断定するのではなく、宇野千代本人がそのように考えていた、と捉えるのが適切でしょう。
宇野千代の自伝「生きて行く私」に残された回想
宇野千代は「生きて行く私」で、今東光との葱をめぐる思い出と、芥川龍之介の短編小説「葱」について回想しています。
宇野千代によれば、今東光と散歩していたときに自分が葱を買い、後になって芥川龍之介に「葱」という短編があることを知りました。
そこで宇野千代は、今東光が芥川にこの出来事を話したことから、小説が生まれたのではないかと考えています。
この回想は、宇野千代・今東光・芥川龍之介という3人の若き日の接点を考えるうえで興味深い記録です。
宇野千代にとって燕楽軒での出会いとは
宇野千代が燕楽軒で働いたのは、わずか18日間ほどでした。
しかし、その短い期間に滝田樗陰、芥川龍之介、久米正雄、菊池寛、今東光、東郷青児ら文学者や芸術家たちを目の当たりにしました。
特に滝田樗陰は、後の宇野千代自身の作家人生にも関わる人物です。
宇野千代は後に小説を書き、「脂粉の顔」が新聞の懸賞小説に入選するなど作家への道を進みます。
そして滝田樗陰にも才能を評価され、文壇へ進出していくことになります。
つまり滝田樗陰は、
若い芥川龍之介の才能を評価し支えた編集者
であると同時に、
後に宇野千代の才能も見いだした編集者
でもありました。
燕楽軒で給仕をしていた宇野千代が、滝田に連れられて店を訪れる若い文学者たちを眺めていた時点では、自分もやがて彼らと同じ文学の世界へ進むことになるとは予想していなかったかもしれません。
しかし結果として燕楽軒は、宇野千代の人生と大正期の文壇が交差した場所の一つとなりました。
なお、宇野千代の生涯をモデルとした朝ドラ「ブラッサム」では、実在した西洋料理店の「燕楽軒」をモデルとした、「悠樂軒」がドラマの重要な舞台として描かれます。
→ 宇野千代と滝田樗陰の関係
→ 宇野千代の年表
→ 悠樂軒とは?モデルは実在した西洋料理店の燕楽軒
ブラッサムでは芥川龍之介をモチーフとした秋山格之介が登場
朝ドラ「ブラッサム」では、芥川龍之介をモチーフとした作家・秋山格之介(高良健吾)が登場します。
NHKは秋山格之介について、
「鋭い洞察と独自の感性で名を馳せる文壇の寵児」
と紹介しています。
代表作は「羅城門」「蜘蛛の巣」と設定されており、芥川龍之介の「羅生門」「蜘蛛の糸」を思わせる作品名です。
さらに秋山を演じる高良健吾さん自身も、芥川龍之介をモチーフとした役であることを明らかにしています。
また「ブラッサム」には、大阪出身の文学好きの青年・左良太(北野秀気)も登場します。
左良太は若き日の今東光をモチーフにした人物の可能性があります。
そのためドラマでも、
葉野珠=宇野千代
左良太=今東光?
秋山格之介=芥川龍之介モチーフ
という史実上の人物関係を再構成した展開が描かれる可能性があります。
→ ブラッサム 秋山格之介(高良健吾)とは?
→ ブラッサム 左良太(北野秀気)とは?モデルは今東光か
→ ブラッサム 登場人物 モデル一覧
よくある質問(FAQ)
Q. 宇野千代と芥川龍之介にはどんな関係がありましたか?
A. 1917年頃、宇野千代が東京・本郷の西洋料理店「燕楽軒」で働いていた時期に接点がありました。滝田樗陰が芥川龍之介ら若い文学者を連れて燕楽軒へ出入りしていました。
Q. 宇野千代は芥川龍之介の小説のモデルになったのですか?
A. 芥川龍之介の短編小説「葱」に登場する女性には、若き日の宇野千代が投影されていると考えられています。宇野千代自身も「生きて行く私」で、今東光との出来事が「葱」になったのではないかと回想しています。
Q. 芥川龍之介の「葱」とはどんな小説ですか?
A. 西洋料理店で働く「お君さん」と若い芸術家「田中君」の交流を描いた短編小説です。二人で夜の東京を歩く途中、お君さんが八百屋で葱を買う場面が描かれます。
Q. 芥川龍之介と滝田樗陰にはどんな関係がありましたか?
A. 滝田樗陰は「中央公論」の編集者として若い芥川龍之介の才能を評価し、作品発表の機会などを通じて支えた人物です。芥川は金銭的に困った際、中央公論社から原稿料を前借りするため滝田を頼ったこともありました。
Q. なぜ芥川龍之介は滝田樗陰に頭が上がらなかったのですか?
A. 滝田樗陰は若い頃から芥川龍之介の才能を評価し、作品発表や金銭面などで支えました。芥川にとって滝田は恩義のある先輩編集者だったと考えられます。
Q. 今東光と宇野千代にはどんな関係がありましたか?
A. 1917年頃に燕楽軒を通じて知り合い、親しく交流しました。宇野千代の年譜には、二人で本郷から小石川界隈をよく散歩したことが記されています。
まとめ
宇野千代と芥川龍之介には、1917年頃の東京・本郷にあった西洋料理店「燕楽軒」を通じた接点がありました。
宇野千代が給仕として働く燕楽軒へ、名編集者・滝田樗陰が芥川龍之介ら若い文学者を連れて出入りしていたためです。
また宇野千代は燕楽軒で今東光と知り合い、親しく交流しました。
宇野千代自身の回想によれば、今東光との散歩中に葱を買ったエピソードが今東光から芥川龍之介へ伝わり、短編小説「葱」の題材になったのではないかと考えていました。
さらに芥川龍之介と滝田樗陰にも深い関係があります。
滝田は若い芥川の才能を評価し、作品発表の機会を与え、原稿料の前借りなどを通じても支えました。
後には宇野千代自身も滝田樗陰から才能を評価され、作家として文壇へ進んでいきます。
つまり燕楽軒を中心に見ると、
滝田樗陰 → 芥川龍之介を支援
滝田樗陰 → 宇野千代の才能を評価
宇野千代 ↔ 今東光 → 「葱」のエピソード
芥川龍之介 → 「葱」を執筆
という大正期の文学者たちのつながりが見えてきます。
朝ドラ「ブラッサム」でも、芥川龍之介をモチーフとした秋山格之介が登場します。
史実にあった宇野千代・芥川龍之介・今東光らの関係が、葉野珠たちの物語にどのように再構成されるのかにも注目です。
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宇野千代と滝田樗陰
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その滝田樗陰が宇野千代の才能を評価して作家として世に送り出した経緯を紹介します。
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→ ブラッサム 黒崎大三郎(遠藤憲一)とは?
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悠樂軒は若き日の宇野千代がウエイトレスとして働いていた西洋料理店の「燕楽軒」をモデルにしていると考えられます。
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参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
