丸山忠蔵は物語の中で看護の意義を示す存在になる可能性があります。
若林時英さんが演じる忠蔵は、病気を通して看護の本質を浮き彫りにする重要人物です。
「そもそもどんな人物なのか・モデルは誰か」を知りたい方はこちらをご覧ください。
本記事では、結末・役割・展開を解説します。
- 結末:現時点では未確定
- 役割:看護の象徴的存在
- 見どころ:患者としての意味
結論:忠蔵はどうなる?(ネタバレ)
結論:丸山忠蔵は第10週で退院し、その後も物語に関わる可能性がある人物です。
「風、薫る」の丸山忠蔵(まるやまちゅうぞう)は、第7週で帝都医科大学附属病院の苔癬患者として入院。その後、第10週で退院。
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丸山忠蔵のモデルと考えられる、相馬愛蔵は1889(明治22)年に帝国大学医科大学附属第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)に入院。りんのモデルである大関和さんの献身的な看護により、わずか1週間で退院することができました。
最新話での忠蔵(第7週〜)
初登場時の状況
「風、薫る」の第7週で登場する丸山忠蔵は苔癬(皮膚の慢性的な炎症)を患う入院患者です。
「看護実習編」での役割
ただ同時に丸山忠蔵は学用患者でもありました。忠蔵は単に病気の治療を目的とした患者であるだけでなく、医学の研究や教育に協力をしなければならない立場でもあります。
忠蔵と直美の関係はどうなる?
看護を通じた関係性
苔癬を患う丸山忠蔵の付き添い看護婦となった直美(上坂樹里)は、忠蔵の病状が早く治るように積極的に動きます。外科の助教授で医師の藤田邦夫(坂口涼太郎)にわざと取り入り、塗り薬を多めに処方してもらうことに成功。
風、薫るにおける恋愛・結婚への可能性
では丸山忠蔵は直美と恋愛・結婚の仲に発展するのでしょうか?
「風、薫る」第13週の途中までの「あらすじ」が掲載されたNHKの公式ガイドブックを読む限り、忠蔵と直美が男女関係に発展する様子はなさそうです。
史実において相馬愛蔵は1897(明治30)年に、仙台出身の星良(相馬黒光)と結婚。また直美のモデルである鈴木雅さんは1883(明治16)年に夫で陸軍少佐・鈴木良文と死別して以来、生涯、再婚していませんでした。
こうした事実を踏まえると、「風、薫る」の丸山忠蔵と直美が恋愛・結婚などの男女関係に発展する可能性は低いかもしれません。
忠蔵の結末(史実ベース)
相馬愛蔵のその後
史実の相馬愛蔵は帝大医院を退院したのち、東京専門学校(現在の早稲田大学)を卒業。北海道に渡り養蚕を学んだり、故郷の長野県で東穂高禁酒会を設立しています。
中村屋創業との関係
相馬愛蔵は星良(相馬黒光)と結婚したのち、1901(明治34)年に東京の本郷でパンの製造販売を営む「中村屋」を開業します。
開業当初の中村屋の様子や、りんのモデルである大関和さんと「中村屋」を通じての関係については下記の記事が参考になるでしょう。
→ 忠蔵のモデル・相馬愛蔵 「中村屋」を通じた大関和との関係とは?
相馬愛蔵が開業した「中村屋」とは何か?
「中村屋」とは「新宿中村屋」のこと
相馬愛蔵が1901(明治34)年にパン屋として開業した「中村屋」とは、現在、東京都新宿区新宿3丁目でパン・和菓子の製造販売などを営む「新宿中村屋」のことです。
「中村屋」はなぜ重要なのか?
のちに「新宿中村屋」が正式な社名となる「中村屋」は、創業者・相馬愛蔵にとってはかけがえのない事業ですが、大関和さんにとってもゆかりの深いパン屋です。
相馬愛蔵が「中村屋」を開業した当初、大関和さんは帝大医院で看護師長をしている知り合いを通じて、病院内で「中村屋」のパンが販売できるよう、便宜を図ってくれた史実があります。
風、薫る 全話あらすじと最終回までのネタバレ
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→「風、薫る」の全体あらすじのまとめや前半・ストーリーの流れはどうなる?
風、薫る 忠蔵 どうなる 関連記事と参考文献
風、薫る 忠蔵 どうなる 関連記事
朝ドラ「風、薫る」に登場する丸山忠蔵のモデルは相馬愛蔵です。主人公・一ノ瀬りんのモデルである大関和さんとの史実に基づいた交流については、下記の記事が参考になるでしょう。
風、薫る 忠蔵 どうなる 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考文献としています。これらのうち「明治のナイチンゲール 大関和物語」は朝ドラ「風、薫る」の原案にもなっています。
