NHK朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠(石橋静河)のモデルとなった宇野千代の家系図を紹介します。
宇野千代は幼い頃に実母・宇野トモを亡くし、継母・宇野リュウに育てられました。また、4人の弟と1人の妹に囲まれて成長し、その生い立ちは後の人生や創作活動にも大きな影響を与えています。
この記事では、宇野千代の家系図をもとに、父・母・兄弟との関係をわかりやすく解説します。
宇野千代の子供については、一般に「実子はいなかった」とされていますが、短編小説「私と子供」に気になる記述が残されています。
→ 宇野千代の父・宇野俊次
→ 宇野千代の母・実母の宇野トモと宇野リュウ
→ 宇野千代の兄弟
→ 宇野千代の子供 「寵子」の存在について
結論|宇野千代の家系図からわかる家族構成
宇野千代の家族構成を簡単にまとめると次のようになります。
・父:宇野俊次
・実母:宇野トモ
・継母:宇野リュウ
・兄弟:弟4人(薫・鴻・光雄・文男)、妹1人(勝子)
幼い頃に実母と死別し、継母や5人の異母兄弟とともに育ったことは、宇野千代の人生に大きな影響を与えました。
→ 宇野千代の父・宇野俊次
→ 宇野千代の母・実母の宇野トモと宇野リュウ
→ 宇野千代の兄弟(薫・鴻・勝子・光雄・文男)
→ 宇野千代の子供 「寵子」の存在について
宇野千代と宇野家について
宇野千代とは
NHKの2026年後期朝ドラ「ブラッサム」に登場する主人公・葉野珠(はのたま)(石橋静河)のモデルとなる、宇野千代(うのちよ)(1897~1996年)とは、日本の小説家・随筆家です。
「色ざんげ」や「おはん」などの代表作で知られ、編集者や実業家としても活躍しました。
宇野千代の宇野家とはどんな家だったのか
宇野千代の出身である宇野家は、山口県玖珂郡下久原村(現在の山口県岩国市)で代々に渡って酒造業を営み、地元では有名な分限者(大金持ち)でした。
造り酒屋であった宇野家の先祖は、周防国玖珂郡にあった鞍掛山城主・杉高泰の家老であった宇野筑後守正常です。
鞍掛山城は毛利家に攻められて落城し、宇野正常は切腹。その長男と次男は出家。三男は帰農し、その末裔たちが酒造業を営むことになりました。
ちなみに宇野千代の人生をモデルと「ブラッサム」では、主人公・葉野珠は「葉野酒造」にルーツを持つ女性として設定されています。
→ ブラッサム 主人公・葉野珠のモデルは宇野千代
→ 葉野酒造とは?モデルは宇野家が代々営んだ酒造業か
宇野千代の家系図
宇野千代の家系図を見ると、父・実母・継母、そして4人の弟と1人の妹という家族構成がわかります。

宇野千代の父母・兄弟
宇野千代 祖父: 宇野茂吉
宇野千代の祖父は宇野茂吉です。
山口県玖珂郡下久原村(現在の山口県岩国市)で父祖代々に渡って酒造業を営む宇野本家を継ぐ人物でした。
宇野千代 父: 宇野俊次
宇野千代の父・宇野俊次は朝ドラ「ブラッサム」では葉野清治(渡部篤郎)のモデルと考えられています。
宇野茂吉の次男として誕生。分家である宇野熊太郎の養子に。
宇野俊次は養子になる際、本家から相当な額の財産を受け取っていました。しかし、いつの間にか金を使い果たし、宇野千代さんの物心がついたころにはすっかり貧しくなっていたようです。
→ 宇野千代の父・宇野俊次とは?
→ブラッサム 父・葉野清治(渡部篤郎)とは?
宇野千代 伯父: 宇野政介
宇野千代が誕生した当時は、父・宇野俊次の兄で、宇野千代本人にとっては伯父にあたる、宇野政介という人物が本家の酒造業を経営していたと考えられます。
「ブラッサム」では宇野政介をモデルとした人物として、葉野清重(三浦誠己)が、葉野珠の叔父として登場します。
宇野千代 母
朝ドラ「ブラッサム」では葉野リョウ(国仲涼子)が、継母・宇野リュウのモデルと考えられます。
実は宇野千代には実母と継母の2人の母がいました。
実母・宇野トモ(土井トモ)は宇野千代が1才半のときに亡くなり、その後は継母・宇野リュウ(佐伯リュウ)に育てられます。
「母が2人いる」という設定は宇野千代をモデルとした主人公・葉野珠のキャラクター設定にも反映され、1週で明らかになります。
→ 宇野千代の母は2人
→ 宇野千代の実母・宇野トモとは?
→ 宇野千代の継母・宇野リュウとは?
→ ブラッサム 母(継母)・葉野リョウ(国仲涼子)とは?
→ ブラッサム 1週 あらすじ
宇野千代 兄弟
朝ドラ「ブラッサム」では、それぞれ葉野守(日向亘)が宇野薫と宇野鴻の、葉野俊子(伊東蒼)が宇野勝子の、葉野英男(藤原大祐)が宇野光雄と文雄のモデルになっていると考えられます。
宇野千代には母が異なる4人の弟と1人の妹がいました。年齢順に紹介すると以下の通りです。
- 薫(弟)
- 鴻(弟)
- 勝子(妹)
- 光雄(弟)
- 文男(弟)
これらの兄弟は全て父・宇野俊次と継母・宇野リュウとの間にできた子供たちです。
しかし継母・宇野リュウは、血が繋がっていなかったにもかかわらず、何事においても宇野千代をまるで嫡男のように大切に接してくれたそうです。
そのため弟妹たちも「姉様(あねさま)」と呼んで長女の宇野千代になつき、生涯にわたって非常に仲の良い兄弟でした。
→ 宇野千代の兄弟とは? 母が異なる5人弟妹たち
→ 宇野千代の長弟・宇野薫とは?
→ 宇野千代の次弟・宇野鴻とは?
→ 宇野千代の妹・宇野勝子(七原勝子)とは?
→ 宇野千代の三弟・宇野光雄とは?
→ 宇野千代の四弟・宇野文雄とは?
宇野千代の家族をもっと詳しく知りたい方へ
宇野千代の家系図では、父・母・兄弟など血縁関係を中心に紹介しています。
一方で、宇野千代の人生を語るうえでは、4度の結婚や「我が子同然」と大切にした人々との関係も欠かせません。
宇野千代の夫
宇野千代は生涯で4度の結婚と1回の同棲生活を経験しました。
・藤村亮一(1回目の結婚相手)
・藤村忠(2回目の結婚相手)
・尾崎士郎(3回目の結婚相手)
・東郷青児(同棲相手)
・北原武夫(3回目の結婚相手)
→ 藤村亮一とは?宇野千代の最初の夫
→ 藤村忠とは?宇野千代の2番目の夫
→ 尾崎士郎とは?宇野千代の3番目の夫
→ 東郷青児とは?宇野千代の同棲相手
→ 北原武夫とは?宇野千代の4番目の夫
→ 宇野千代の夫とは?4度の結婚と1回の同棲
宇野千代の子供
宇野千代には法律上の養子はいませんでした。
実子についても一般には「いなかった」とされていますが、宇野千代が1935(昭和10)年に『改造』三月号で発表した短編小説「私と子供」には、主人公の「私」が寵子(ちょうこ)という女の子を出産し、生後3日で亡くしたことが書かれています。
主人公の「私」には宇野千代本人と共通する設定が多いものの、寵子が実在した娘だったことを裏付ける記録は現在のところ確認できません。
そのため、宇野千代に実の子供がいたのかについては「不明」とするのが妥当でしょう。
また宇野千代は、東郷志馬・東郷たまみ・北原ミキ・藤江淳子など、血縁関係のない人物とも家族のような深い関係を築きました。
→ 宇野千代に子供はいた?実子の有無と小説「私と子供」の娘・寵子を解説
→ 宇野千代の妊娠 年譜と小説作品から妊娠・出産を検証
宇野千代の子孫
宇野千代は必ずしも子供がいなかったとは言い切れません。
しかし仮に宇野千代に子供がいたとしても、その子供がさらに子供を産めるようになる年齢に至ることはなかったことは事実のようです。
しかし、宇野千代の妹・勝子は戦後に養子を迎えており、「純夫(すみお)」と名付けられました。
その純夫さんは、宇野千代にとって義理の甥にあたりますが、自伝「生きて行く私」などを読むと「孫同然」に可愛がっている様子が読み取れます。
→ 宇野千代に子孫はいる?実子・孫の有無と「孫同然」の純夫さんを解説
宇野千代 家系図 関連記事
宇野千代 父
宇野千代の父・宇野俊次の人物像について詳しく紹介します。
宇野千代 母
宇野千代には実母・宇野トモと継母・宇野リュウという「2人の母」がいました。
宇野千代 兄弟
宇野千代には合計5人の弟妹(薫・鴻・勝子・光雄・文男)たちがいました。
宇野千代の家族
宇野千代は生涯で4度結婚と1回の同棲生活を経験しているため、血縁関係のない人物とも生活をともにし、家族のように過ごすことが多々ありました。
ブラッサム モデル 宇野千代 関連記事
宇野千代とは
「ブラッサム」の主人公・葉野珠(石橋静河)のモデルとなった宇野千代の人物像やプロフィールを紹介します。
宇野千代 夫
生涯で4回の結婚と1回同棲を経験した宇野千代の夫たちや男性関係について紹介します。
宇野千代 子供
宇野千代の実子については一般に「いなかった」とされていますが、短編小説「私と子供」には娘・寵子を出産した記述があります。
寵子が実在したのか、「我が子同然」に交流した人物とあわせて詳しく紹介します。
→ 宇野千代に子供はいた?実子の有無と小説「私と子供」の娘・寵子を解説
ブラッサム 作品紹介・あらすじ・ネタバレ 最終回
ブラッサム 作品紹介
宇野千代の生涯がモデルとなった朝ドラ「ブラッサム」の作品紹介です
ブラッサム キャスト・相関図 最新
朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠を中心に、岩国・東京・北海道に登場する主なキャストと登場人物の関係を最新の人物相関図とともに紹介します。
ブラッサム 1週 あらすじ
「ブラッサム」の1週では宇野千代のモデルである、葉野珠の生い立ちやルーツについて描かれます
ブラッサム あらすじ
朝ドラ「ブラッサム」の最新週から1週までのあらすじを随時更新します。
ブラッサム ネタバレ 最終回まで
朝ドラ「ブラッサム」の最終回までのネタバレや結末予想を紹介します。
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
