小説家・宇野千代(1897~1996年)と川端康成(1899~1972年)は、1920年代後半から伊豆・湯ヶ島や東京・馬込などで交流しました。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜によると、1927(昭和2)年、宇野千代の3番目の夫・尾崎士郎が川端康成に誘われて湯ヶ島を訪れ、その後、宇野千代もたびたび足を運ぶようになります。
また宇野千代は『生きて行く私』の中で、川端康成と同じ布団で寝た際にも「少しの男臭さも感じてはいなかった」と、若き日の川端に対する独特な印象を書き残しています。
この記事では、宇野千代と川端康成の関係について、湯ヶ島や馬込での交流、川端の妻・秀子との関係などを紹介します。
なお宇野千代の人生がモデルとなっている朝ドラ「ブラッサム」の10週では、川端康成とその妻・秀子がモデルと考えられる、川岸康成とその妻である川岸静代という人物たちが登場します。
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結論|宇野千代と川端康成は湯ヶ島や馬込で交流した文学仲間
宇野千代と川端康成は、伊豆・湯ヶ島や東京・馬込などを通じて交流した文学仲間です。
1927(昭和2)年、川端康成に誘われた尾崎士郎が湯ヶ島を訪れたことをきっかけに、宇野千代も尾崎とともに湯ヶ島をたびたび訪れるようになりました。
湯ヶ島では川端康成のほか、梶井基次郎や藤沢桓夫らとも交流。その後、東京・馬込でも川端康成や萩原朔太郎ら文学者たちとの交流が続いています。
宇野千代は後年の『生きて行く私』でも川端康成との思い出を振り返っており、同じ布団で寝ても「少しの男臭さも感じてはいなかった」と記すなど、二人が異性として強く意識することのない親しい文学仲間だったことがうかがえます。
また、川端康成の妻・秀子が宇野千代の断髪に影響を受けるなど、二人の交流は家族にも及んでいました。
なお朝ドラ「ブラッサム」の10週には、川端康成をモデルと考えられる川岸康成と、妻・川岸静代が登場します。
→ 尾崎士郎とは?宇野千代の3番目の夫
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1927 (昭和2)年|尾崎士郎が川端康成に誘われて伊豆・湯ヶ島へ
宇野千代と川端康成の交流を知るうえで重要な場所が、静岡県伊豆の湯ヶ島温泉です。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜で川端康成の名前が初めて登場するのは、1927(昭和2)年2月です。
年譜によると、宇野千代の夫・尾崎士郎が川端康成に誘われて伊豆・湯ヶ島温泉へ行き、その後、尾崎士郎と宇野千代はたびたび湯ヶ島を訪れるようになりました。
そのため、宇野千代と川端康成の湯ヶ島での交流については、「川端康成が宇野千代を誘った」と単純に説明するのは困難です。
まず川端康成が尾崎士郎を誘い、その後、宇野千代も尾崎士郎とともに湯ヶ島を訪れるようになったと考える方が、『宇野千代全集』の年譜に沿った経緯となるでしょう。
宇野千代は川端康成に誘われたのか
一方、宇野千代自身は後年の自伝『生きて行く私』において、湯ヶ島を訪れた当時のことを振り返っています。
宇野千代の記憶では、川端康成が湯ヶ島に滞在しており、自分たちもそこへ行くようになったものの、川端康成が自分たちを誘ったのかどうかについては、すでに記憶が定かではなかったようです。
つまり、『宇野千代全集 第12巻』の年譜では「尾崎士郎が川端康成に誘われた」と記録されている一方、宇野千代本人は後年、川端康成から誘われたかどうかまでは覚えていません。
年譜と本人の回想を合わせると、尾崎士郎が川端康成に誘われたことをきっかけに、尾崎士郎・宇野千代夫妻は湯ヶ島をたびたび訪れるようになり、そこで文学者たちとの交流を深めていったことが分かります。
湯ヶ島で梶井基次郎ら文学者とも交流
伊豆・湯ヶ島は、宇野千代と川端康成だけが交流した場所ではありません。
当時の湯ヶ島には文学者たちが滞在しており、宇野千代は川端康成をはじめ、梶井基次郎や藤沢桓夫らとも交流しました。
特に梶井基次郎は、宇野千代との関係を考えるうえでも重要な人物です。
梶井基次郎は肺結核の療養のため湯ヶ島に滞在しており、宇野千代も湯ヶ島で梶井と知り合いました。
その後、梶井基次郎は宇野千代に好意を抱くようになり、宇野千代も後年、梶井との交流について振り返っています。
藤沢桓夫とも一緒に過ごした湯ヶ島
『生きて行く私』では、川端康成とともに藤沢桓夫も湯ヶ島に来ていたことも回想。
宇野千代は、藤沢桓夫と川の流れに足を浸した思い出など、湯ヶ島で過ごした当時の様子を具体的に書き残しています。
こうした回想からは、湯ヶ島が単なる温泉旅行の目的地ではなく、宇野千代や尾崎士郎、川端康成をはじめとする若い文学者たちが交流する場所の一つになっていたことがうかがえます。
宇野千代から見た若き日の川端康成
後にノーベル文学賞を受賞し、日本を代表する小説家となる川端康成ですが、宇野千代は若い頃から川端と親しく交流していました。
宇野千代は川端康成を男臭く感じなかった
『生きて行く私』には、宇野千代、川端康成、三宅やす子、片岡鉄兵の4人で宿屋に泊まった際の興味深い思い出が記されています。
そのとき三宅やす子と片岡鉄兵が同じ布団に寝たのに対し、宇野千代は川端康成と同じ布団で寝ることに。
しかし宇野千代は、川端康成に対して「少しの男臭さも感じてはいなかった」と振り返っています。
また、川端康成の方も自分に女性らしさを意識していなかったとして、二人が同じ布団に寝たことを「中性同士の男女」という独特の言葉で表現しました。
もちろん、これだけで宇野千代が川端康成を男性としてどのように評価していたのかまでは分かりません。
ただし、男女が同じ布団に寝ても互いを異性として強く意識しないほど、二人が気心の知れた文学仲間だったことはうかがえます。
馬込でも川端康成ら文学者との交流が続く
宇野千代と川端康成の交流は、伊豆・湯ヶ島だけに限られませんでした。
宇野千代と尾崎士郎が暮らした東京・馬込周辺には多くの作家や詩人が集まり、後に「馬込文士村」と呼ばれる文学者たちの交流圏が形成されました。
宇野千代もこうした人間関係の中で、川端康成をはじめ、萩原朔太郎ら多くの文学者と交流しています。
湯ヶ島での交流と馬込での交流は別々のものではなく、1920年代後半の宇野千代を取り巻いていた文学者たちの人間関係としてつながっていました。
川端康成の妻・秀子も宇野千代の断髪に影響を受けた
宇野千代と川端康成の関係は、文学者同士の付き合いだけではなく、川端康成の妻・秀子にも及んでいました。
『宇野千代全集 第12巻』の年譜によると、1920年代末に宇野千代が髪を短く切った際、その断髪は周囲の女性たちにも影響を与えました。
その一人が川端康成の妻・秀子です。
同じ年譜には、萩原朔太郎の妻・稲子も宇野千代の影響を受けて断髪したことが記されています。
宇野千代の髪型が川端秀子ら身近な女性にも影響を与えたというエピソードからは、宇野千代と川端康成が単に同時代に活動した作家だっただけでなく、互いの家族を含む交友関係の中にいたこともうかがえます。
ブラッサム 川岸康成のモデルは川端康成か
朝ドラ「ブラッサム」の10週には、小説家・川岸康成と、その妻・川岸静代が登場します。
ブラッサム 川岸康成と川岸静代のモデルとは?
名前や人物設定、主人公・葉野珠との関係などから、川岸康成は宇野千代と交流した実在の小説家・川端康成をモデルにした人物と考えられます。
一方、妻・川岸静代については、複数の実在人物を参考にしている可能性があります。
「静代」という名前は、川端康成と婚約していた伊藤静代と同じです。
しかし、宇野千代が川端康成と交流した1927(昭和2)年頃の伊豆湯ヶ島時代に、川端康成と生活をともにし、実質的に妻の立場にあったのは松林秀子でした。
そのため、川岸静代については、名前は伊藤静代、湯ヶ島時代の川端康成との関係については松林秀子を参考にしている可能性も考えられます。
→ ブラッサム 川岸康成とは?(準備中)
→ ブラッサム 登場人物 モデル一覧
ブラッサム 川岸康成・静代夫妻と葉野珠の関係に注目
史実の宇野千代と川端康成は、1927(昭和2)年頃から伊豆・湯ヶ島などを通じて交流し、その後も文学者たちの交友関係の中で付き合いが続きました。
ドラマで川岸康成・川岸静代夫妻と葉野珠(石橋静河)の関係がどのように描かれるのかを見るうえでも、史実の宇野千代と川端康成の交流は重要な背景となるでしょう。
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参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
