小説家・尾崎士郎と梶井基次郎は、馬込村や伊豆・湯ヶ島を通じて交流した文学者です。
2人の関係には、当時尾崎士郎の妻だった宇野千代が大きく関わっていました。
▼ 梶井基次郎 → 宇野千代
文学的好意+恋愛感情
▼ 宇野千代 → 梶井基次郎
文学的才能への強い好意+親密な交流
▼ 梶井基次郎 → 尾崎士郎
文学者としての好意・敬意
▼ 尾崎士郎 → 梶井基次郎
友人・後輩的な親しさ
↓
宇野千代との親密化により「恋の競争者」として意識
↓
しかし梶井基次郎が自分にも近づいてくるため、その態度を理解できない
こうした複雑な関係のなか、1928(昭和3)年1月には尾崎士郎が梶井基次郎に火のついた煙草を叩きつける「決闘」と呼ばれる事件が起こります。
しかし2人の関係はそこで終わったわけではなく、その後も手紙を交わし、次第にわだかまりを解いていきました。
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結論|尾崎士郎と梶井基次郎は宇野千代をめぐって対立したが後に和解
尾崎士郎と梶井基次郎は、馬込村や伊豆・湯ヶ島を通じて交流し、梶井基次郎は文学者として尾崎士郎を慕うようになりました。
しかし梶井基次郎が尾崎士郎の妻・宇野千代と親しくなると、尾崎士郎は梶井基次郎を「恋の競争者」として意識するようになります。
そして1928(昭和3)年1月、尾崎士郎は梶井基次郎と衝突し、火のついた煙草を梶井基次郎に叩きつける「決闘」と呼ばれる事件が起こりました。
ただし2人の関係はそのまま断絶したわけではなく、その後も手紙を交わし、1931(昭和6)年に梶井基次郎から尾崎士郎へ送られた手紙からは、文学について再び語り合いたいという梶井基次郎の思いが読み取れます。
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尾崎士郎と梶井基次郎は馬込村や伊豆・湯ヶ島で交流
尾崎士郎と宇野千代が暮らした馬込村に文士たちが集まる
1923(大正12)年5月、尾崎士郎と宇野千代は東京府荏原郡馬込村(現在の東京都大田区)で同棲生活を開始。
当時の馬込村には、
・川端康成
・広津和郎
・萩原朔太郎
・室生犀星
など多くの文学者が暮らし、のちに「馬込文士村」と呼ばれる文学者たちの交流が生まれている時期でした。
鈴木悦道『人生劇場のふるさと―尾崎士郎の生涯』では、この馬込の文学者たちの一人として梶井基次郎の名前も挙げられています。
尾崎士郎と梶井基次郎の関係は、宇野千代をめぐって突然始まったものではなく、こうした大正末期の文学者たちの交流を背景としていたことに特徴があったと言えるでしょう。
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梶井基次郎は療養のため伊豆・湯ヶ島へ
小説家・梶井基次郎は結核を患っており、1926(昭和元)年末ごろから、療養を兼ねて伊豆・湯ヶ島に滞在するようになります。
『人生劇場のふるさと』によると、梶井基次郎は川端康成に憧れ、文学者として川端に師事することも目的として湯ヶ島へ来ていたとされています。
そして川端康成を介して、梶井基次郎は尾崎士郎・宇野千代夫妻とも親交を深めていきました。
梶井基次郎は尾崎士郎を慕うようになる
後に宇野千代をめぐって激しく対立することになる尾崎士郎と梶井基次郎ですが、当初から険悪な関係だったわけではありません。
『人生劇場のふるさと』では、梶井基次郎は尾崎士郎の文学に対するひたむきな姿勢に好感を持ち、次第に尾崎を慕うようになったとされています。
この点は、その後に起きた宇野千代をめぐる対立を理解するうえでも重要です。
梶井基次郎にとって尾崎士郎は、単純な「恋敵」ではなく、文学者として好意を持つ相手でもあったのです。
宇野千代と梶井基次郎が伊豆・湯ヶ島で親しくなる
梶井基次郎は尾崎士郎夫妻の部屋を頻繁に訪れる
湯ヶ島で親交を深めた梶井基次郎は、尾崎士郎と宇野千代のもとを頻繁に訪れるようになりました。
『人生劇場のふるさと』では、梶井基次郎が夫妻の部屋を毎日のように訪れ、文学について語り合い、夜が更けるのも忘れるほど話し込んだとされています。
宇野千代も梶井基次郎の文学に対する真摯な姿勢や才能に強く惹かれていきました。
一方、梶井基次郎も宇野千代に対して特別な感情を持つようになったと考えられています。
梶井基次郎は宇野千代を恋愛対象として見ていたのか
『実説人生劇場―尾崎士郎の生涯』では、梶井基次郎の宇野千代に対する感情について、単なる文学上の先輩に対するものではなく、恋愛の対象としていたとみています。
一方、宇野千代自身は自伝『生きて行く私』などで、梶井基次郎の作品や文章表現などが好きだったことは認めていますが、男女関係については明確に認めていません。
ただ、2人が文学を通じて急速に親密になり、その関係が周囲から噂されるほどになったことは、複数の資料から確認できます。
尾崎士郎は梶井基次郎を「恋の競争者」として意識
尾崎士郎には梶井基次郎の態度が理解できなかった
宇野千代と梶井基次郎が親しくなるにつれて、尾崎士郎も梶井を意識するようになります。
『実説人生劇場』では、尾崎士郎は梶井基次郎を「恋の競争者」として意識していたと説明されています。
しかし尾崎が理解できなかったのは、梶井基次郎が宇野千代と親しくなりながら、尾崎本人にも親しく接しようとしていたことでした。
尾崎としては、梶井が宇野千代を恋愛対象としているのであれば、自分とは対立するものと考えていたのでしょう。
ところが梶井基次郎は尾崎士郎自身にも好意を持っていました。
『人生劇場のふるさと』によれば、梶井は尾崎の文学に対する姿勢に好感を持ち、尾崎を慕っていたとされています。
宇野千代に対する感情と、文学者・尾崎士郎に対する好意が梶井の中では両立していた可能性があります。
尾崎士郎と宇野千代の夫婦関係はすでに悪化していた
ただし、宇野千代と梶井基次郎の親密な交流だけを、尾崎士郎と宇野千代の夫婦関係が破綻した原因と考えることはできません。
『実説人生劇場』では、このころ尾崎の宇野千代に対する愛情はすでに薄れ、別離まで考えるようになっていたと説明されています。
つまり、
・尾崎士郎と宇野千代の夫婦関係が悪化していた
・宇野千代と梶井基次郎が親密になった
・尾崎士郎が梶井基次郎を「恋の競争者」として意識した
という複数の事情が重なっていました。
そのため「梶井基次郎が原因で尾崎士郎と宇野千代が離婚した」と単純に説明することはできません。
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尾崎士郎と梶井基次郎の「決闘」 火のついた煙草を叩きつける
1928年1月に尾崎士郎と梶井基次郎が衝突
宇野千代をめぐって尾崎士郎と梶井基次郎の間に生じたわだかまりは、1928(昭和3)年1月に表面化します。
『実説人生劇場』では、このときの2人の衝突を「決闘」と表現しています。
尾崎士郎と梶井基次郎が向き合うと、感情を高ぶらせた尾崎は、右手に持っていた火のついた煙草を梶井基次郎に叩きつけました。
一方の梶井基次郎は激しく殴り返すようなことはなく、冷静な態度を見せていたとされています。
そのため「決闘」と呼ばれているものの、2人が激しい殴り合いを続けた事件というわけではありません。
尾崎士郎は後年「一番印象的なのは梶井基次郎君とのこと」と回想
この事件は尾崎士郎にとって、後年まで強く記憶に残る出来事となりました。
尾崎は後年、宇野千代をめぐる男性との出来事を振り返った際、最も印象に残っているのが梶井基次郎とのことだったという趣旨の回想を残しています。
また尾崎は、女性問題については比較的寛容だったつもりなのに、なぜ梶井基次郎に対してこれほど強い感情を抱いたのか、自分自身でも簡単には説明できなかったようです。
そこには妻・宇野千代をめぐる嫉妬だけでなく、自分を慕っていた梶井基次郎に対する「男対男」の複雑な感情もあったと考えられます。
尾崎士郎と宇野千代は梶井基次郎との事件後に別居
尾崎士郎は馬込村へ戻り宇野千代との関係が悪化
梶井基次郎との衝突後、尾崎士郎と宇野千代の夫婦関係はさらに悪化していきました。
『人生劇場のふるさと』によれば、1928(昭和3)年正月の「乱闘事件」後、宇野千代は同年3月から7月まで再び湯ヶ島に滞在しています。
一方、尾崎士郎は馬込村へ戻りました。
やがて尾崎士郎は宇野千代と暮らしていた家を出て、古賀清子と生活するようになります。
梶井基次郎だけが尾崎士郎と宇野千代の離婚原因ではない
尾崎士郎と宇野千代が正式に離婚したのは、梶井基次郎との事件から約2年後となる1930(昭和5)年8月です。
それまでの間、尾崎士郎は古賀清子と友人宅を転々とするようになり、同年12月に東京の大森山王の家に落ち着くことになります。
一方、宇野千代も『罌粟はなぜ紅い』の取材を通じて知り合った、洋画家・東郷青児との同棲生活を東京の淡島(現在の東京都世田谷区代沢)で始めていました。
そのため、梶井基次郎との一件が尾崎士郎と宇野千代の関係悪化に影響を与えたことは考えられるものの、それだけを離婚原因とすることはできません。
宇野千代と梶井基次郎の親密な交流は、すでに揺らいでいた尾崎士郎と宇野千代の結婚生活の中で起きた出来事の1つとして捉える必要があるでしょう。
尾崎士郎と梶井基次郎はその後和解
病床の梶井基次郎から尾崎士郎へ手紙が届く
宇野千代をめぐって激しく衝突した尾崎士郎と梶井基次郎ですが、2人の関係はそのまま断絶したわけではありません。
梶井基次郎と尾崎士郎の間には書信の往復があり、1931(昭和6)年1月17日付で梶井から尾崎に宛てた手紙からも、そのことが確認できます。
1931(昭和6)年1月17日付で梶井から尾崎に宛てた手紙では、両者の間に書信の往復があったことが認められます。
さらにその内容を読むと、梶井基次郎は、結核の症状が悪化して呼吸をすることさえ苦しいにもかかわらず、これからも尾崎と文学に関する話をしたいという「強い思い」がいきいきと綴られています。
この寂しい田舎であなたにお会い出来て、いろいろな話 藝術の話が實に何年振りで出来たら どんなにぴつたりすることでしようかと 僕はそのことについて疑ひを持つてゐません
かつて宇野千代をめぐって理解し合えなかった2人でしたが、手紙のやり取りを通じて、尾崎と梶井の仲に生じたわだかまりも解けていっているように見えます。
→ 梶井基次郎のその後や死因
対立後も文学を通じたつながりが続いた
尾崎士郎と梶井基次郎の関係を考えるうえでは、宇野千代をめぐる対立だけでなく、文学者同士としてのつながりにも注目する必要があります。
2人は文学者たちが集まる馬込村や伊豆・湯ヶ島を通じて親しくなり、梶井基次郎は尾崎士郎の文学に対する姿勢を慕っていました。
その後、宇野千代をめぐって関係が悪化し、火のついた煙草を叩きつけるほどの衝突に至りましたが、それだけで2人の関係を説明することはできません。
尾崎士郎と梶井基次郎は、親交を結び、宇野千代をめぐって対立しながらも、後には手紙を通じてわだかまりを解いていった文学者同士だったといえるでしょう。
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梶井基次郎は伊豆・湯ヶ島を離れた後、関西へ戻って療養生活を送りながら創作を続けました。
1929(昭和4)年には京都や神戸で宇野千代と再会し、1931(昭和6)年には生前唯一の作品集『檸檬』を出版。
翌1932(昭和7)年には『のんきな患者』を発表しますが、同年3月24日、31歳の若さで亡くなりました。
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参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考としています。
