1分でわかる「風、薫る」最終回までの結末まとめ
「風、薫る」 最終回の結末
「風、薫る」の最終回には、りんや直美たちの活躍によって社会的地位が向上したトレインドナースたちが登場。医療業界ではその活躍が当たり前になった新しい時代を迎えることになるでしょう。
りん(大関和のモデル)の結末
- 大関和さんは1932(昭和7)年5月22日に死去。享年74
- 葬儀は同年5月22日に富士見町教会で行われる
直美(鈴木雅のモデル)の結末
- 鈴木雅さんは1940(昭和15)年に死去。享年82
- 看護師としては44才のときにすでに第一線から退いていた
風、薫る 第1週 あらすじとネタバレ
風、薫る 第1週(1話・2話・3話・4話・5話) あらすじと吹き出し
| 放送日 | 放送回 | あらすじ |
|---|---|---|
| 2026年3月30日(月) | 1話 | 東京に住む直美と栃木県の那須に住む一ノ瀬りんが登場 |
| 2026年3月31日(火) | 2話 | りんの住む村でコロリ(コレラ)が発生 |
| 2026年4月1日(水) | 3話 | 直美は「正しい」だけでは生きられないと感じる |
| 2026年4月2日(木) | 4話 | 信右衛門がコロリに感染し死去 |
| 2026年4月3日(金) | 5話 | りんに縁談話が持ち上がる |
風、薫る 第1週の吹き出し
上の吹き出しは大家直美のセリフで、下の吹き出しは一ノ瀬りんのセリフです。孤児として育った直美と温かい家庭の中で育ったりんの生まれの違いがよく表れているセリフでしょう。
「いかにも、私がみなしごで耶蘇の貧乏女、大家直美ですが女学生のみなさま何か?」
「…私は…うれしいです。今父上と話ができて。畑を耕せて…学問を教わって…」
風、薫る 第1週のあらすじをさらに詳しく
風、薫る 第1週のキャスト 相関図
風、薫る 第1週(1話・2話・3話・4話・5話)ネタバレ
- 主人公の一ノ瀬りんと大家直美は、明治から大正時代にかけてトレインドナースとして活躍した大関和(おおぜきちか)(1858~1932年)さんと鈴木雅(すずきまさ)(1857~1940年)さん
- 「トレインドナース(trained nurse)」とは、系統的・組織的な教育訓練を受けた正規の看護師のこと
- 日本で最初期のトレインドナースが誕生したのは1888(明治21)年。大関和さんと鈴木雅さんはその「第1期生」だった
風、薫る 第2週 あらすじとネタバレ
風、薫る 第2週(6話・7話・8話・9話・10話) あらすじと吹き出し
| 放送日 | 放送回 | あらすじ |
|---|---|---|
| 2026年4月6日(月) | 6話 | りんが亀吉と結婚。環が誕生 |
| 2026年4月7日(火) | 7話 | 直美と大山捨松の出会い |
| 2026年4月8日(水) | 8話 | りんが奥田家を逃げ出して東京に |
| 2026年4月9日(木) | 9話 | 東京でりんと直美が初めて出会う |
| 2026年4月10日(金) | 10話 | りんが清水卯三郎と出会う |
風、薫る 第2週の吹き出し
吹き出しはりんと直美が東京で初めて出会い、交わした会話です。お腹を空かせた環にパンを差し出す直美と、それを断ろうとするりん。孤児として育った直美と元家老の娘として育ったりんの考え方の違いが如実に表れています。
「くっだらない見栄張って。あんた士族でしょ?私は、あんたじゃなくて、その子に食べさせたいの。あんた母親でしょ?恥ずかしくないの?」
「…恥ずかしい。恥ずかしいですよ。娘にこんな思いさせて。母にも、母にも恥ずかしくて、申し訳なくて、情けなくて」
風、薫る 第2週のあらすじをさらに詳しく
風、薫る 第2週のキャスト 相関図
風、薫る 第2週(6話・7話・8話・9話・10話)ネタバレ
- 一ノ瀬信右衛門(北村一輝)のモデルは大関弾右衛門増虎、一ノ瀬美津(水野美紀)のモデルは大関哲、一ノ瀬安(早坂美海)のモデルは大関釛
- 大関和さんの出身である大関家は源義経の家人・那須与一を祖先に持つ那須氏庶流の家柄
風、薫る 第3週 あらすじとネタバレ
風、薫る 第3週(11話・12話・13話・14話・15話) あらすじと吹き出し
| 放送日 | 放送回 | あらすじ |
|---|---|---|
| 2026年4月13日(月) | 11話 | 「瑞穂屋」で働き始めるりん。「シマケン」こと島田健次郎と出会う |
| 2026年4月14日(火) | 12話 | 身分を偽って「鹿鳴館」に潜り込むことに成功する直美 |
| 2026年4月15日(水) | 13話 | 直美が大山捨松の意外な過去を知る |
| 2026年4月16日(木) | 14話 | 直美が海軍中尉・小日向栄介と知り合う。美津と安が上京 |
| 2026年4月17日(金) | 15話 | 直美が栄介から交際申し込みを受け入れる |
風、薫る 第3週の吹き出し
身寄りのない孤児として育った直美にすれば、「世間知らずな華族の奥様」に見える大山捨松ですが、意外にもしたたかな一面があることを知らされる吹き出しです。
ここは、絢爛豪華(けんらんごうか)な張りぼてかもしれないけれど、使い方次第で、私のやりたいことができるから。あれくらい何でもないのよ」
風、薫る 第3週のあらすじをさらに詳しく
風、薫る 第3週のキャスト 相関図
風、薫る 第3週(11話・12話・13話・14話・15話)ネタバレ
- 一ノ瀬りんのモデルとなった大関和さんは18才のときに22才年上の、旧・黒羽藩の士族・渡辺福之進豊綱と結婚
- 大関和さんと渡辺福之進豊綱の結婚は、明治維新で衰えた大関家の家名を挽回するために行われた可能性が高い
- そのため大関和さんは夫に5人の妾と5人の子供がいても容易に離婚ができなかった
- 大山捨松が9才で会津戦争に参加したことや12才でアメリカに留学したことは全て実話
風、薫る 第4週 あらすじとネタバレ
風、薫る 第4週(16話・17話・18話・19話・20話) あらすじと吹き出し
| 放送日 | 放送回 | あらすじ |
|---|---|---|
| 2026年4月20日(月) | 16話 | 捨松から「トレインドナース」となるよう勧められるりんと直美 |
| 2026年4月21日(火) | 17話 | 直美は捨松の勧めを断り、りんは消極的な態度 |
| 2026年4月22日(水) | 18話 | 直美が嘘をついていたことを捨松に告白 |
| 2026年4月23日(木) | 19話 | りんの娘・環が奥田家によって連れ去られる |
| 2026年4月24日(金) | 20話 | りんも直美も看護学校の門を叩くことを決意 |
風、薫る 第4週の吹き出し
下記の吹き出しは、婦人慈善会が主催する炊き出しの最中、大山捨松がりんと直美に向かって出た言葉です。この一言が主人公たちの運命を大きく動かすことになります。
「あなた方、trained nurseになりませんか?」
風、薫る 第4週のあらすじをさらに詳しく
風、薫る 第4週のキャスト 相関図
風、薫る 第4週(16話・17話・18話・19話・20話)ネタバレ
- 「トレインドナース」とは現代の看護師のこと。明治時代には現代では考えられないほど蔑視されていた
- 大山捨松自身もアメリカ留学中に「甲種看護婦免状」取得したトレインドナースだった
- りんのモデル・大関和さんがトレインドナースを志したきっかけは牧師・植村正久に説得されたため
- 直美のモデル・鈴木雅さんがトレインドナースを志したきっかけは女性も経済的自立をすべきと考えていたため
風、薫る 全体のあらすじとキャスト相関図
風、薫る あらすじ
NHKが2025年1月24日に朝ドラ「風、薫る」を制作発表したときのあらすじです。
明治18(1885)年、日本で初めて看護婦の養成所が誕生したのを皮切りに、次々と養成所が生まれた。そのうちの1つに、物語の主人公・一ノ瀬りんと大家直美は運命に誘われるように入所する。不運が重なり若くしてシングルマザーになった、りん。生まれてすぐ親に捨てられ、教会で保護されて育った直美。養成所に集った同級生たちは、それぞれに複雑な事情を抱えていた。手探りではじまった看護教育を受けながら、彼女たちは「看護とは何か?」「患者と向き合うとはどういうことか?」ということに向き合っていく。
りんと直美は、鹿鳴館の華といわれた大山捨松(おおやま すてまつ)や明六社にも所属した商人・清水卯三郎(しみず うさぶろう)らと出会い、明治の新しい風を感じながら、強き者と弱き者が混在する“社会”を知り、刻々と変わり続けていく社会の中で“自分らしく幸せに生きること”を模索していく。
養成所卒業後、二人は同じ大学病院でトレインドナースとしてデビュー。まだ理解を得られていない看護の仕事を確立するために奮闘の日々を送っていたが、りんは程なくして職場を追われることに。一方、アメリカ留学を夢見る直美は渡航直前に思わぬできごとに巻き込まれ・・・。
やがて、コレラや赤痢などさまざまな疫病が全国的に猛威をふるい始める。一度は離れ離れになった二人だったが、再び手を取り、疫病という大敵に立ち向かっていく。
風、薫る キャスト 相関図
朝ドラ「風、薫る」全体のキャスト相関図は下記の記事にまとめています。合わせて参考にしてください。
風、薫る モデル人物
一ノ瀬りんのモデル 大関和
主人公・一ノ瀬りん(見上愛)のモデルは、大関和(おおぜきちか)(1858~1932年)さんです。
大関和さんは明治時代に「トレインドナース」となり、明治・大正期を通じて偏見の多かった看護婦という職業の確立に多大な貢献をされました。その活躍から「明治のナイチンゲール」とも呼ばれています。
大家直美のモデル 鈴木雅
もう1人の主人公・大家直美(上坂樹里)のモデルは、鈴木雅(すずきまさ)(1858~1940年)さんです。
鈴木雅さんは大関和さんと同じ年に明治時代に「トレインドナース」となり、明治・大正期を通じて看護婦(現在の看護師)という職業の確立に多大な貢献・尽力をされました。
一ノ瀬信右衛門のモデル 大関弾右衛門増虎
一ノ瀬りんの父・一ノ瀬信右衛門(北村一輝)のモデルは、幕末期の下野国黒羽藩(現在の栃木県大田原市黒羽地区)で国家老をしていた大関弾右衛門増虎(1827~1876年)がモデルです。
一ノ瀬美津のモデル 大関哲
一ノ瀬りんの父・一ノ瀬美津(水野美紀)のモデルは、下野国烏山藩(現在の栃木県那須烏山市)を治めていた大久保家から大関弾右衛門増虎に嫁いで妻となった大関哲がモデルです。
一ノ瀬安のモデル 大関釛
一ノ瀬りんの妹・一ノ瀬安(早坂美海)のモデルは、大関弾右衛門増虎・大関哲夫妻の娘で、大関和さんの妹であった大関釛(こく)さんがモデルになっていると考えられます。
一ノ瀬環のモデル 大関心
一ノ瀬りんの娘・一ノ瀬環のモデルは、大関和さんの長女・大関心さんです。
吉江善作のモデル 植村正久
キリスト教の牧師・吉江善作のモデルは、明治時代の牧師でキリスト教の伝道とその指導者養成に尽力した植村正久(1858~1925年)がモデルになっていると考えられます。
メアリーのモデル マリア・T・ツルー
メアリーのモデルは、1874(明治7)年に来日したアメリカ人宣教師で教育者のマリア・T・ツルー(1840~1896年)と考えられます。
マリア・T・ツルーは新栄女学校・桜井女学校(現在の女子学院中学校・高等学校)・高田女学校の設立や経営など明治時代初期において日本の女子教育や看護婦養成に尽力した人物として知られています。
奥田亀吉のモデル 渡辺福之進豊綱
奥田亀吉のモデルは、大関和さんと1876(明治9)年から1880(明治13)年の間、結婚していた渡辺福之進豊綱(わたなべふくのしんとよつな)であると考えられます。
島田健次郎(鄭永慶のモデル)
島田健次郎のモデルは、江戸時代を通じて長崎奉行配下の唐通詞(中国語専門の通訳官)をしていた家系に育った鄭永慶(ていえいけい)であると考えられます。
清水卯三郎(本人)
「風、薫る」に「瑞穂屋」の主人として登場する清水卯三郎(しみずうさぶろう)は、明治時代の学術団体である「明六社」のメンバーの1人であった清水卯三郎(1829~1910年)本人です。
勝海舟(本人)
「風、薫る」に「瑞穂屋」の客として現れる勝海舟(かつかいしゅう)は、元・幕臣で西郷隆盛と会見を行い、江戸城を無血開城に導いた勝海舟(1823~1899年)本人です。
小日向栄介のモデル 鈴木良文
小日向栄介のモデルは、鈴木雅の夫で、西南戦争に従軍していた陸軍少佐の鈴木良文(すずきよしふみ)であると考えられます。
大山捨松(本人)
一ノ瀬りんと大家直美の大きな影響を及ぼすとされる大山捨松(おおやますてまつ)とは、明治初期に日本人女性初の海外留学生としてアメリカに留学し、黎明期の日本の看護業界に大きな貢献をした大山捨松(1860~1919年)本人です。
大山巌(本人)
大山捨松の夫として登場する大山巌(おおやまいわお)とは、明治時代から大正時代にかけて、陸軍大臣や日露戦争時の満洲軍総司令官など、陸軍の要職を歴任した大山巌(1842~1916年)本人です。
松井エイのモデル 峯尾ゑい(纓)
松井エイのモデルは、大関和さんと鈴木雅さんが桜井女学校附属看護婦養成所(桜井看護学校)の看護学生時代に英語の教科を担当していた峯尾ゑい(纓)(みねおえい)がモデルになっていると考えられます。
梶原敏子のモデル 矢嶋楫子
梶原敏子のモデルは、大関和さんと鈴木雅さんが桜井女学校附属看護婦養成所(桜井看護学校)の看護学生時代にその所長と桜井女学校の校長を兼任していた矢嶋楫子(1833~1925年)がモデルになっていると考えられます。
玉田多江のモデル 桜川里以
玉田多江のモデルは、大関和さんと鈴木雅さんが桜井女学校附属看護婦養成所(桜井看護学校)の看護学生時代に同期生であった、桜川里以(さくらかわりい)がモデルになっていると考えられます。
今井益男のモデル 佐藤三吉
今井益男のモデルは、大関和さんと鈴木雅さんがトレインドナースとして勤務していた当時、帝国大学医科大学第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)で外科の教授兼医局長をしていた佐藤三吉(1857~1943年)がモデルになっていると考えられます。
夕凪のモデル 花紫
夕凪のモデルは、大関和さんと鈴木雅さんがトレインドナースとなるために、帝国大学医科大学第一医院で看護実習をしていたときに、客と心中未遂をして搬送されてきた花紫(はなむらさき)という女郎がモデルになっていると考えられます。
和泉千佳子のモデル 三宮八重野
和泉千佳子のモデルは、大関和さんがトレインドナースとなるために、帝国大学医科大学第一医院で看護実習をしていたときに担当した患者の1人で、宮内省式部官・三宮義胤の妻・三宮八重野(さんのみややえの)がモデルになっていると考えられます。
丸山忠蔵のモデル 相馬愛蔵
丸山忠蔵のモデルは、大関和さんが帝国大学医科大学第一医院の外科看病婦取締(現在の看護師長の職に相当)に勤務していたときの患者の1人で、のちに「新宿中村屋」の創業者となる相馬愛蔵です。
風、薫る 主要人物の史実解説
一ノ瀬りん 史実(モデルは大関和)
大関和さんは1888(明治21)年10月に桜井女学校附属看護婦養成所を卒業し、トレインドナースとして帝国大学医科大学第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)に外科看病婦取締(現在の看護師長に相当)として赴任。
大家直美 史実(モデルは鈴木雅)
鈴木雅さんは1888(明治21)年10月に桜井女学校附属看護婦養成所を卒業し、トレインドナースとして帝国大学医科大学第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)に内科看病婦取締(現在の看護師長に相当)として赴任。
一ノ瀬信右衛門 史実(モデルは大関弾右衛門増虎)
大関弾右衛門増虎は幕末期の黒羽藩第15代藩主・大関増裕からの大きな信任を受け、1863(文久3)年に国家老に抜擢され、藩政改革の原資となる硫黄採掘と販売の事業に従事。
一ノ瀬美津 史実(モデルは大関哲)
大関哲は1880(明治13)年に大関和さんとともに黒羽から東京に移住。一家の大黒柱として働く大関和さんに代わり、大関六郎さん・大関心さんといった子供たちの養育を担当。
一ノ瀬安 史実(モデルは大関釛)
大関釛は1880(明治13)年に大関和さんとともに黒羽から東京に移住。のちに栃木県烏山町(現在の栃木県那須烏山市)に住む川原健次郎と結婚。
吉江善作 史実(モデルは植村正久)
植村正久は1887(明治20)年に一番町教会(現在の富士見町教会)を設立。同年に大関和さんを受洗に導く。
メアリー 史実(モデルはマリア・T・ツルー)
マリア・T・ツルーは1890(明治23)年9月9日に桜井女学校と新栄女学校を合併させ女子学院(現在の女子学院中学校・高等学校)に改称。初代院長に矢嶋楫子を任命します。
奥田亀吉 史実(モデルは渡辺福之進豊綱)
渡辺福之進豊綱は1868(慶応4)年5月から6月に行われた会津戦争において、小隊長として黒羽藩の二番隊を率い新政府軍に味方し「白河口の戦い」に参戦していました。
島田健次郎 史実(モデルは鄭永慶)
鄭永慶の父は唐通詞として中国語を話せただけでなく、英語も話せた。そのため明治政府でも通訳官として活躍。息子の鄭永慶も幼い頃から外国語に触れる機会が多かったようです。
小日向栄介 史実(モデルは鈴木良文)
鈴木良文は1880(明治13)年ごろに鈴木(旧姓: 加藤)雅さんと結婚し、鈴木みつさんと鈴木良一さんの2人の子供をもうけます。
大山捨松 史実
大山捨松は1884(明治17)年6月12日から14日までの間に「鹿鳴館慈善バザー」を主催。バザーで得た8,000円の収益金全額を有志共立東京病院看護婦教育所(現在の慈恵看護専門学校)の開催に充てる。
松井エイ 史実(モデルは峯尾ゑい)
峯尾ゑいは桜井女学校附属看護婦養成所の看護学生たちに英語の教科を担当しますが、1887(明治20)年7月にはアメリカ留学のため、教科の担当は矢嶋達子とアグネス・ヴェッチに引き継ぐことになります。
梶原敏子 史実(モデルは矢嶋楫子)
矢嶋楫子は1890(明治23)年9月9日に新栄女学校と桜井女学校が合併して女子学院に誕生したことに伴い、マリア・T・ツルーから女子学院の初代院長に任命されます。
玉田多江 史実(モデルは桜川里以)
桜川里以は、1888(明治21)年10月、大関和さんや鈴木雅さんらと共に桜井女学校附属看護婦養成所を卒業。トレインドナースとして帝国大学医科大学第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)に内科看病婦取締(現在の看護師長に相当)として赴任。
今井益男 史実(モデルは佐藤三吉)
佐藤三吉は、看病婦の待遇改善を求める建議書を提出した大関和さんを、1890(明治23)年9月、看病婦取締の職から解任します。
丸山忠蔵(モデルは相馬愛蔵)
相馬愛蔵は1898(明治31)年に中学校の先輩である木下尚江から、大関和さんに結婚したいと相談を持ちかけられますが、反対意見を表明します。
風、薫る 家系図
大関和の家系図(家族・子供・子孫)
大関和さんは、黒羽藩の国家老・大関弾右衛門増虎の娘です。その大関家は戦国時代から那須地方黒羽の治める名門の一族でした。なお大関和さん自身の子供には、大関六郎さんと大関心さんの2人がいます。
- 大関和 家系図 大関和の家族 朝ドラ 風、薫る 一ノ瀬りん
- 大関和の子供は2人 大関六郎と大関心 風、薫る 子供のモデル
- 大関和 息子 大関六郎(おおぜきろくろう) 大関和の子供
- 大関和 娘 大関心(おおぜきしん) 大関和の子供
- 大関和 子孫 孫の大関一郎(おおぜきいちろう)
鈴木雅の家系図(家族・子供・子孫)
鈴木雅さんは、静岡藩の藩士・加藤信盛の娘です。鈴木雅さん自身の子供には、鈴木みつさんと鈴木良一さんの2人がいます。
- 鈴木雅 家系図 鈴木雅の家族 朝ドラ 風、薫る 大家直美
- 鈴木雅の子供は2人 鈴木みつと鈴木良一 風、薫る 子供のモデル
- 鈴木雅 娘 鈴木みつ 鈴木雅の子供 朝ドラ 風、薫る 大家直美
- 鈴木雅 息子 鈴木良一 鈴木雅の子供 朝ドラ 風、薫る 大家直美
- 鈴木雅 子孫 孫の鈴木康夫 朝ドラ 風、薫る 大家直美
大山捨松の家系図(家族・子供・子孫)
大山捨松は会津藩の国家老・山川尚江重固(やまかわなおえしげかた)の娘です。大山捨松の子供としては、3人の継子(信子・芙蓉子・留子)と3人の実子(久子・高・柏)がいました。
風、薫る 主要人物の結末
りんの結末
一ノ瀬りんのモデルとなった大関和さんは、1909(明治42)年、それまで経営していた派出看護婦会「東京看護婦会」をベースとして、キリスト教の教えを経営理念とした「大関看護婦会」を立ち上げ。1929(昭和5)年に鹿内貞に「大関看護婦会」の経営を譲ることになります。
直美の結末
大家直美のモデルとなった鈴木雅さんは、1891(明治24)年11月、日本で最初に個人経営の派出看護婦会となる「慈善看護婦会」を設立。
のちに「東京看護婦会」と改称し、1901(明治34)年に大関和さんに「東京看護婦会」の経営権を譲ります。
信右衛門の結末
一ノ瀬信右衛門のモデルとなった大関弾右衛門増虎は明治維新後も、南東北地方で硫黄採掘の事業に従事。1876(明治9)年に大関和さんと、旧・黒羽藩の士族である渡辺福之進豊綱と結婚話をまとめたのち、病死します。
美津の結末
一ノ瀬美津のモデルとなった大関哲は、晩年に賊軍の汚名を着せられた夫・大関弾右衛門増虎の名誉回復に貢献。
大関哲の死後の1918(大正7)年11月には、明治維新後も硫黄採掘の事業に貢献したことが功績として認められ、大関弾右衛門増虎は政府から「正五位」の位階が追贈されることが発表されました。
安の結末
一ノ瀬安のモデルとなった大関釛さんは、川原健次郎と結婚したのち、1912(明治45)年に次男・博巳ともに上京。大関和さんと生活をともにすることになり、1932(昭和7)年5月22日に大関和さんが亡くなる際、その最期を看取った一人となります。
善作の結末
吉江善作のモデルとなった植村正久は、1904(明治37)年に東京神学社(現在の東京神学大学の前身の1つとなる学校)を設立。1925(大正14)年に亡くなるその日まで、校長及び教授として神学生の訓練に任に当たります。
メアリーの結末
メアリーのモデルとなったマリア・T・ツルーは1893(明治27)年に療養所と看護学校を兼ねた「衛生園」の正式開業に着手するも、1896(明治29)4月18日に死去。
亀吉の結末
奥田亀吉のモデルとなった渡辺福之進豊綱は、1880(明治13)年に妻・大関和さんに離婚されてしまいます。2人の子供である六郎さんと心さんの兄妹の親権は大関和さんに渡すこととなりました。
健次郎の結末
島田健次郎のモデルと考えられる鄭永慶は、1888(明治21)年、『可否茶館(かひーちゃかん)』を開業。しかし営業は長続きせず、1895(明治28)年に渡航先のアメリカのシアトルで客死します。
栄介の結末
小日向栄介のモデルと考えられる鈴木良文は、1883(明治16)年、西南戦争の戦闘中に受けた銃創が悪化して死去。
大山捨松の結末
実在した大山捨松は1880(明治20)年、「日本赤十字社篤志看護婦人会」の発起人として名前を連ね、日本の看護婦に養成に尽力。1919(大正8)年、インフルエンザに罹患し死去。享年59。
多江の結末
玉田多江のモデルと考えられる桜川里以は、1890(明治23)年ごろ帝国大学医科大学第一医院を退職。いくつかの病院勤務を経たのち女子学院の経営者であったマリア・T・ツルーが経営する療養所の「衛生園」で働き始めます。
風、薫る あらすじ全週まとめ
風、薫る あらすじ全話まとめの記事
朝ドラ「風、薫る」の1週から26週(最終週)までのあらすじまとめ・登場人物とキャスト・モデル人物・人物相関図などをまとめた内容については下記の記事をぜひ参考にしてください。
風、薫る ネタバレ・あらすじ 関連記事(用語・実在した団体・モデル一覧)
風、薫る 用語に関する記事
朝ドラ「風、薫る」にはトレインドナース・派出看護婦・派出看護婦会など、現代の日本人にとって聞き慣れない言葉がテーマです。それぞれの単語が持つ意味や歴史的背景については下記の記事で詳しく説明しています。
風、薫る 史実として存在した団体に関する記事
朝ドラ「風、薫る」で登場する団体は、フィクションとして描かれていますが、実在した団体をモデルにしている場合もあります。その史実として存在した団体については下記の記事で詳しく紹介しています。
風、薫る モデル一覧の記事
朝ドラ「風、薫る」に登場する人物のうち、実在したモデルがいる人物を一覧形式ですぐに確認するための記事は下記の記事が参考になります。
風、薫る ネタバレ・あらすじ 参考文献(原案・ガイドブックその他)
風、薫る 原案
朝ドラ「風、薫る」は実在の人物をモチーフとし、激動の時代を生きた二人のナースとその仲間たちの波乱万丈の物語として大胆に再構成されています。
登場人物名や団体名などは一部改称し、フィクションとして描かれています。「風、薫る」に原作はありませんが、原案は田中ひかるさんの「明治のナイチンゲール 大関和物語」が使われています。
風、薫る ガイドブック
「風、薫る」のあらすじについては、NHK出版から出版されているガイドブックの、「連続テレビ小説 風、薫る Part1 (1) (NHKドラマ・ガイド)」を参考としています。
風、薫る 参考文献
今回の記事を書くにあたって「明治のナイチンゲール 大関和物語」以外に下記の書籍も参考文献としています
- 亀山美知子 大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語 ドメス出版
- 亀山美知子 「女たちの約束: M.T.ツル-と日本最初の看護婦学校」ドメス出版
- 宮田茂子 《新装版》「大関和」を通して見た日本の近代看護【真説】国家的セクハラを受けた職業集団 星湖舎
- 三浦綾子 われ弱ければ(小学館文庫) (小学館文庫 R み- 1-4)
- 大内三郎 植村正久: 生涯と思想 日本基督教団出版局
- 京極純一 植村正久: その人と思想 (新教新書)
- 遠藤由紀子 会津藩家老・山川家の近代 大山捨松とその姉妹たち 雄山閣
- 久野明子 鹿鳴館の貴婦人大山捨松: 日本初の女子留学生 (中公文庫 く 12-1)
- 相馬愛蔵 「一商人として」 青空文庫
